第77話 無尽の武器
「シンは見学か?」
「手を出す必要があるのかの? 光神や太陽神の気配も感じんし、それはただの人間だのぅ」
まぁそれは確かにそうだな。そもそもフックの時だって、俺が欲を出してあれもこれも助けようとした結果、ほぼ自滅という形で大変な状況になっただけだ。
単純に勝つか負けるかという事でいうと、神の次元にある存在がただの人や魔獣に負けることはありえない。とはいえ俺が経験不足で知らないだけで、どこかには神殺しに特化した武器とかありそうだから、警戒はするべきだろうけど……。
「……」
目の前で身構える黒ミイラは、不満を示すように身じろいだ。これ見よがしに侮られたのが気に食わなかったのか?
「気に入らないなら、試してみろって」
挑発してみると、ここで初めて黒ミイラから敵対感情を感じた。敵意もなく襲撃を掛けてくるほど感情を抑制しているくせに、自分の実力を低く見られると我慢できないのか。
さっき心中に書き留めた手練れの暗殺者という評価に、傲慢な戦闘狂という備考を加えていると、突っ立っている俺に焦れたのかようやく動きを見せる。
「おぉ?」
思わず感嘆の声を漏らしてしまった。というのも、黒ミイラが軽く握っていたその右手を開くと、そこに忽然と真紅のナイフが現れたからだ。
相当に良くコントロールされていたけど、微かに魔力を感じたから、魔法で己の魔力を固めて武器化したようだった。かつて“銀鐘”にいたゴルベットが魔力で土を操って岩のガントレットを生成していたけど、それの上位版って感じか。
「しっ!」
そして次の瞬間、黒ミイラは空気を鋭く吐きながら、生成した真紅のナイフを投げつけてくる。
それを首だけ動かして避けると、ナイフは壁に刺さる前に魔力に戻って空中に散っていったのを後頭部で感じた。
そして当然というか、俺が避けたのに合わせて黒ミイラは踏み込んできた。目前で振り上げた右手には既にさっきとは別の、今度は真紅のロングソードが握られている。
「かっこいいなぁ」
小学生みたいな感想を口にしながら、俺は邪気を流した左腕を、振り下ろされるロングソードの軌道へと差し挟む。
当たった瞬間、部屋内に鈍い激突音が響き、黒ミイラは追撃せずに一歩後ろ、ドアのところまで下がった。
「っ! ……!?」
声こそ出さないけど、呼吸が乱れているし、感情も揺れているのを感じる。なにせ殆ど出さなかった敵対感情がここにきて普通に漏れているくらいだし、相当に動揺したようだ。
今着ている部屋着は半袖だから、すでに掻き消えた真紅のロングソードを受けたのは左腕の素肌だった。それで傷ひとつ付かなかったうえに、何やら岩でも殴ったような激突音がした訳だから、まぁ混乱もするだろう。
「不思議か?」
余裕の態度を崩さずに問いかけると、黒ミイラは息を整えてじっとこちらを向く。目は見えないけど目線はしっかりと俺の目に合っているのを感じる。
「簡単だよ、お前程度じゃあ俺を斬れない。な? 単純なことだろ?」
思い切り挑発の意思を込めてそう言ってやると、もはや隠さない敵意が激流となってこちらへ差し向けられる。本当にプライド高いな、こいつ。
「――っ!」
敵意と気合いの叫びを無声で吐き出した黒ミイラは、部屋の天井ぎりぎりの高さまで飛び上がってこちらへ向かってくる。
今度はその手に禍々しい造形の、そしてやはり真紅の槍を持ち、宙から落ちる勢いを乗せて突きかかってくるつもりのようだ。
これまで出したナイフとロングソードは、色を別にすれば普通というか、シンプルな形状だった。ここにきて明らかにこれまでと違った趣の形状であることから、あの槍はこいつの奥の手なのだろう。
まぁわざわざそれを受けてやるつもりもないけど。
「跳ぶのは悪手ってな」
俺が言い切るまでには、黒ミイラは俺が出した触手によって、空中に繋ぎ止められていた。全身に黒い触手が絡みついているけど、とっさに避けたようで槍を持った右腕だけは拘束を逃れたようだった。
位置的には俺のすぐ前、そこからでも握った槍を突き出せば俺へと届く程度の距離だ。けど黒ミイラは右腕を引き絞った俺の動作に何か感じたらしく、手にした真紅の槍を体の前に立てて防御の体勢をとる。
「おっ、すごいな……。よし、頑張って耐えてみろ」
そして俺が殴りかかるまでの一瞬で、黒ミイラの眼前には真紅でシンプルな造形の剣、斧、槍などなど……、が大量に出現して壁となった。まさに攻防一体かつ暗殺向きの魔法だ。
感心しつつも、まったく構うことはなく、引いていた右腕を振るって拳を紅い武器の壁に叩きつける。
殴った瞬間に拳から範囲を抑えて放出した邪気の衝撃波によって、悲鳴のような耳障りな擦過音をたてて大量の武器はひしゃげて消えていく。
盾の役目を果たしきれずに大量の武器が全て消え失せると、後には触手に捕らわれてぐったりとうな垂れる黒ミイラだけが残される。
そして衝撃を受けて顔を覆っていた黒布はどこかで切れていたようだ。しゅるっと小さな音をさせながら、床へと黒布は落ち、黒髪の頭部が露わになった。
「あれ?」
顔を覗き込んで驚く。その顔は見知った顔、というか昼に会った警備部の新人、ゴロベエだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます