第76話 差し向けられた刃
ゴロベエと見回りをした日の深夜、拠点にある自室で横になって考え事をしていた。
ちなみに睡眠は必要がないだけで、寝ることはできるのでベッド自体はちゃんと用意している。別室のシンは眠るのが好きらしくほぼ毎晩寝ているけど、俺の方は夜には考え事をしたり散歩をしたりで寝ないことも多い。
「明日も外を見てみるか……」
今日見回ったのは村の周囲全てじゃなかった。しらみつぶしに見たら何がわかるということでもないだろうけど、不穏な気配はしているのだからやはり気になる。
「ん?」
そこで部屋がノックされて考え事から引き戻される。この気配は……。
「どうぞ」
「その様子じゃと……、やはり気付いてはおらんようだのぅ」
「え、何の話?」
身体を起こしてベッドに腰掛けると、入ってきたシンは扉を静かに閉めてそんなことを言った。気付く……? 何か問題が起こったのだろうか?
「ここへ近づいてきている者がおる。押し殺した狂気を抱えての」
押し殺した……狂気?
「んん……?」
注意して拠点の周囲を探る。誰かが近づいて……、いやこれは人じゃないか? いや、人か?
「誰か、……何か? が近づいてはいるような」
「それじゃな。巧妙に抑えた気配じゃのぅ」
つまり未熟な邪神くらいなら欺けるくらいの実力者が、気配を殺して近づいてきている、ってことか。
「へぇ……、それと狂気って言ったか? 俺には何も感じないけど」
微かな気配に注意して意識を差し向けてみても、敵意とかそういうのは感じない。
「そっちは未熟さではなくて神としての性質の問題だの。ヤミは敵意や憎しみに敏感じゃが、わたしは狂気によく通じておる」
あぁ、そうなんだ。
「つまり、向かってきている謎の手練れはこっちを狙っているわけではないってことか?」
「いや、狙っておるのぅ。狂気の先端は間違いなくこちら、ヤミを指しておるよ」
なるほど、攻撃的な感情を完全に押し殺して襲撃できるような手練れが、狂気を抱えてこっちに向かっている訳だ。
あれ? さっきまでかなりゆっくりと近づいてきていたのに、普通に歩くくらいの速さになったな。気配も少しだけど濃く、というかさっきより人間だとわかりやすくなっている。
「雰囲気が変わった……、こっちが気付いたことを察知した?」
「そのようだのぅ」
微かな音をともなって拠点の扉を開いたようだ。一応というか、それなりに立派な鍵がついているのに壊したような音はしなかった。無音かつ一瞬で解錠したってことか、伝説の大泥棒とかそういうのでも来たのか?
拠点へ入ってすぐの広間にはフックがいる。襲撃者が扉のすぐ外に来た時にフックには手を出さないように指示しているから、向こうから手を出されない限りは寝たフリでもしてやり過ごすだろう。
まぁ指示といってもテレパシーみたいなことができるわけでもない。だけど使い魔であるフックには感情を伝えるくらいはできるから、今も「手を出すなよ」という気持ちを送り込んで、向こうからは「承知」と返ってきたから意図は伝わっている。
そして俺の部屋の扉が開いた。
入ってきたのは全身黒装束の人物、といっても教会の襲撃部隊の連中とは違って、顔の方は包帯みたいに黒布でぐるぐる巻きにしていて、さながら黒いミイラ男だ。男かどうかもわからん風体だけどな。
というか目元まで覆われているように見えるけど、よくそれで見えるな、何か特殊な布か巻き方なのだろうか。
入ってきた黒ミイラは一瞬だけシンを警戒する素振りを見せたけど、様子を見るつもりらしいシンが壁際へと一歩下がると、腰を落として俺の方へと目線もわからない顔を向ける。
「夜中に訪ねてきて、挨拶もなしか……」
仕様もないことを呟きながら立ち上がったけど、やはり黒ミイラは何も言わない。ただ俺が立ったのに反応して、剣呑な雰囲気を醸し始める。
ここまで至ってもやはり敵意というか攻撃的な感情を感知できない。相当に熟練したプロの暗殺者か、あるいは人間的に壊れた異常者か……。まぁどっちであったとしても、ここまで侵入されて無事に帰すつもりはないけどな。
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