第75話 ゴロベエ、驚愕する
ゴロベエの話を聞きながら村の周囲、集落の周りに広がる農地よりさらに外側を歩いているものの、今のところ特に何がある訳でもなかった。
「それがしが聞いた話ではあの森の辺りで何度か人影を見たということでしたな」
「ホッキィィ」
ゴロベエの言葉にフックも体を上下して頷いてみせる。フックも何か見ていたのか……。
けどフックから報告がなかったってことはその人影から敵意に類する感情はなかったってことになるな。そうならその場で攻撃しているか、あるいは俺かシンのところまで飛んできているはずだ。
「まぁどこかの誰かが俺達のことを探ろうとしているんだろうなぁ」
「そうでしょうな」
野盗はもちろん、ガルス領主が直接来ていたりするなら何かしらの敵意があるはずだ。まぁ後者はさすがにないだろうけど。
警備部に捕まらない手際の良さと、敵意を抱かずに仕事に徹してることから傭兵が依頼を受けての情報収集と考えられる。
「わたし達を探るような勢力というと……」
シンが視線を少し上へと向けて思い浮かべようとする。
「まずは太陽教会、それからガルス領主かな。あとは急に規模が拡大した組織を気にした国の上層部、とか?」
俺が引き継いで、セシルと話した内容を思い出しながら口にすると、聞いていたゴロベエは快活な笑顔をやや曇らせている。
「教団にも敵が多いですなぁ」
「入ったことを後悔したか?」
ゴロベエは新入りだって話だから、入ったと思ったらガルスの拠点を捨てて深淵邪神教団へ鞍替えになったんじゃないだろうか。フックとの戦いで俺達を英雄視してくれている元“銀鐘”団員と違って、後悔があっても別に不思議には思わない。
「後悔などございませんよ。結局のところそれがしは傭兵ですから、戦いの気配は仕事の気配です」
「まぁそれはそうか……」
そうして話している間にも歩き続けていたから、村の外側のうちで、ちょうどガルスのある方向は大体見て回れた。
さっきゴロベエが話した森以外にも木ぐらい生えているし、大岩が転がる場所もある。身を隠しながら村の様子を探れるような場所はいくつかあったけど、俺の感知にはそれらしき感覚はなかった。
「おん? わたしも、何も感じんかったのぅ」
シンも同じだったようだ。そう都合よく外に出た時にいるものでもないか。というか、常に張り込まれている訳では無いことを確認できたと考えておくべきか。
「ホキ」
そこにフックが割り込んできて、翼である方向を指している。
「あぁ、うん、それくらいだなぁ」
「そうだのぅ」
「――?」
俺とシンがそちらへ視線を向けてのんびり頷きあうものの、当然ゴロベエは不思議そうにしている。
「向こうに、ほら、岩があるだろ? あの裏側に魔獣がいるんだよ」
「……は?」
人間と野生動物はわりと気配が違うからどっちかはわかる。どんな動物かまではわからないけど。
それと同じく、野生動物とそれが変異した魔獣は気配にくっきりと違いがあるから、どっちであるかはある程度距離があってもわかる。それが動物ならそこら中にいるのに、村に魔獣が近づくと俺達が気付ける理由な訳だけど、その感覚を人間にうまく説明するのは難しい。
俺も今は邪神になったからわかる、としかいいようがないし、それを昔の自分が聞いてもきっと理解できなかっただろうし。
「ほれ、あれじゃよ」
ちょうどその時、おそらくは向こうもこちらの気配に気付いて、全身の毛が赤いクマが岩陰から顔を出した。体躯は普通のクマと変わらないけど、鮮血の様な赤い毛は薄く発光すらしていて、ただの野生動物ではありえないことは見た目にも明らかだった。
「クマの魔獣!?」
魔獣の強さというか厄介さは、その強大な魔力で自己強化や魔法を扱えることにある。だからその強さは元の動物の強さに関係ないというのは、かつてオオフクロウの魔獣だったフックを例に挙げれば明確だ。
とはいえ、だ。魔力による自己強化はやりようでいくらでも強くなれるとはいえ、元の身体能力が高いとより強力であることはいうまでもないし、クマが強いこともいうまでもない。
つまりクマの魔獣はそれだけで厄介な敵であるし、もしそいつが特殊な魔法でも使えるなら、さらにシャレにならないことになってくるだろう。
……普通の人間にとっては、だけど。
「あの距離はうまく攻撃できるかの?」
シンがからかうようにして言ってくる。あのクマ魔獣まではかなり距離があるし、確かにこの世界に来たばかりの頃の俺なら、出来たとして辺り一帯を巻き込むような雑な攻撃でしか無理だっただろう。
「よし、見てろよ」
距離があるからよく狙いをつけるために、腕をまっすぐクマへ向けて伸ばす。そしてその状態でちょうどのっそりとその全身を現したクマの足元にも意識を向ける。
「何を……?」
ゴロベエが戸惑っているけど、説明しなくても見ていればわかるだろう。
狙いが定まったと確信したところで、まずはクマの足元から邪気を解放して黒い触手を足に纏わりつかせる。
「なっ!?」
遠く聞こえるクマの咆哮を聞き、無数の触手に絡まれて地面へと縫いとめられる様を見て、ゴロベエが息を呑んだ。
「これで動きを止めておいて、と」
準備が整ったことを口に出して確認しながら、狙いをつけておいた腕の方へと意識の全てを集中する。
ここからあのクマへ向けてまっすぐに……。
そして邪気に攻撃の意思を込めて解き放った。
音もなく、黒く昏い閃光が俺の腕から発してクマを通り過ぎ、空気に溶けて消える。
「な、な、な……に?」
驚きにあえぐゴロベエの息にまじって、頭から尻にかけて穴が開いたクマ魔獣の死骸が崩れ落ちる音が小さく聞こえた。
「ほう、密度が濃くなっておったの」
「そうだろ? すごい集中してやってるから実用的とはいえないけどな」
今の黒い閃光は、実のところ俺が多用していた邪気の衝撃波と同じ攻撃だった。ただ邪気を力任せに解き放つだけの、邪法ともいえないような攻撃だった衝撃波を、纏めて束ねて凝縮したら閃光として視認できる程に濃くなった、それだけだった。
とはいえそれだけのことが以前はできなかったのだから、まだ不慣れとはいっても成長の証だ。フックを邪神獣化した時にコツを掴んでいたおかげだな。
「という訳で魔獣を仕留めたから、後で警備部に回収を頼んでおいてくれ」
停止するゴロベエに指示をすると、言われたゴロベエはぎぎぎっとでも音の出そうなぎこちない動きで首を回してこちらを向く。
そしてそこで何かを彼の中で飲み込んだのか、急に力を抜いて肩を落とした。
「……承りました」
驚愕の絶叫を上げてくれるものとちょっと期待していたのに、何か逆にテンションが下がったようだ。
まぁ警備部の連中から色々と話は聞いていたのかもしれないな。
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