第68話 ホルン村防衛戦・圧倒

 「おしおきの時間だ、覚悟を決めろよ」

 「そ、そんな、儂は商人だぞ! 暴力に訴えるつもりですか!?」

 

 ダティエが訳のわからないことを叫んできた。ここまで露骨な実力行使にでておいて、混乱しているにしてもその反論はない。

 

 「そうか、そうか。それは可哀そうにのぅ……」

 

 シンがそう言って視線を周囲へ走らせる。この辺りにもかなりの数がいるいかにも野盗といった格好の連中が、武器を手に走り出そうとしていた。中には弓矢を持っている奴もいるし、おそらく魔法を使える奴もいるのだろうけど、向こうが多勢だからか遠距離攻撃をしてくる気配は無い。

 

 「えっ?」

 「うわ!?」

 「おっと、――が!?」

 

 辺りにいた白装束とダティエの二人を除いた全員の足元に、黒い塊で満たされた穴が出現して驚愕する連中が沈み始める。

 

 とっさに避けようと反応した素早い奴もいたようだけど、それをあざ笑うように避けた先に黒い穴は移動して、例外なく全員が沈んでいく。

 

 「何……が、――っ!? うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「あ? え? えうおあぁえいぎぁああぎぃぐうううぅ!」

 

 今回はいつかのように頭だけ残してからなんてことはせずに、沈んだところが随時“酷い事”になっているようだ。

 

 「よい狂乱だのぅ。今回は長く苦しめるつもりもないから運が良かったの?」

 

 シンが言ったように、見る見るうちに沈んでいく連中は腰から少し上まで沈んだところで次々と叫ばなくなっていき、そのまま静かに皆のみ込まれてしまう。

 

 「さて……」

 

 シンが黒い穴を消して、辺りに連中がいた何の痕跡も無くなったところで、仕切りなおす様に声に出してダティエへと近づいていく。今回は装備とか謎の黒い塵とかを残すでもなく完全に消したようだ。あるいは収納しているのかもしれないけど。

 

 「あ……、あ、あ、あぁ」

 

 目の前まで来たけど、人知を超えた光景を見せられたダティエは「あ」しか言えなくなっている。涙と鼻水に塗れた顔は感情が振り切れたのかへつらう様に笑っている。

 

 隣で見ていた白装束も、立ち尽くすばかりで何も言わない。俺達へ向いていた敵意が途中で綺麗になくなったのを感じたから、心は二人とも折れているようだけど。

 

 「言い訳も遺言も無いようだし、消えてもらおうか」

 

 シンみたいに無動作でうまく力をコントロールできないから、自分の中のイメージをうまく発現できるように手の平を開いた両腕を左右に広げる。

 

 イメージした通りに黒い縦長の楕円体がダティエの左右に一つずつ現れる。

 

 「あ? ……わ、儂はっ!」

 

 何か言いかけている、まぁ聞く気は無いけど。

 

 広げていた腕を勢いよく閉じて、自分の前で手を打ち合わせる。すると、それにあわせて黒い楕円体から大量の黒い触手が出現して口を開いたダティエへと殺到し、互いに衝突してダティエの姿を覆い隠してしまう。

 

 俺が両手を下ろすと血が滴る触手は黒い楕円体へと引きずり戻され、そしてすべて収めた楕円体も空へと溶けて消えた。

 

 「完全に消したつもりだったけど……」

 「おん? できてはおらんのぅ」

 

 シンも言ったように、地面にはダティエの血が大きな染みとなって残っている。それ以外は何も残っていないけど、辺りには思い切り血臭が漂っているし、あいかわらず俺は力任せにしか邪法を使えてないな。

 

 とさ、という軽い音がして目を向けると、さっきまで直立不動だった白装束が崩れ落ちて地面に座り込んでいた。白い布に覆い隠された腰のあたりが濡れていき、全身の震えも止まらないようだ。

 

 まぁこいつも生かしておく必要もない。

 

 特に感情を込めない視線を向けながら、右腕を振り上げる。

 

 「そ、んな……、こんなものただの異端者であるはずが……。邪神と吹聴していたのは、まさか……、太陽神よ、救いを……」

 

 やっぱり邪神とかそういうのもトトロン辺りで噂になっていたのかな。名の知れた傭兵はわりと大仰な二つ名を持っているようだし、これも二つ名と解釈されると思って気にしなかったけど、太陽教会にはしっかりチェックされていたか。

 

 けどその程度の話から、ここまでのことをしでかすなんてその方がまさかだよ。

 

 「その太陽神、救けを求めるより鞍替えされた時の方が反応するぞ」

 

 それだけ告げて腕を振り下ろすと、座り込む白装束へと吹き降ろした邪気が衝撃波となって放心する獲物を叩き潰す。

 

 太陽教会が手を出してきたっていうのは、証拠があった方がいいかもしれないから、今度はばっちりと痕跡を残した。あちこち捻じれ曲がっているけど、今の衝撃で捲れた白布の下にある顔は原型を留めているし、この装束だけでも証拠というなら十分だ。

 

 「後は手分けして対処していこう。ナラシチ達だけでも十分だろうけどな」

 「わかった。では後での」

 

 血の染みと捻じれた白装束だけを後に残して、俺とシンはそれぞれ逆方向へと走り出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る