第59話 問題を先送りにする邪神

 「この短期間で見違えたのぅ」

 「へへ、そうですかね? アタシは合格ですか?」

 

 ホルン村へとゆっくり歩いて帰りながら、シンがしみじみと褒めるのを受けてタラスはうれしそうにしている。

 

 「合格って……、いや、元々拒否するつもりとか無かったけどな」

 

 セシルの推薦だったし誰が来ても……、っていうのはさすがに口に出さないけど、まぁタラスだと知って余計に拒否とかするつもりはなかったのは事実だ。

 

 タラスは明るい良い子だけど、元々ちょっと自己評価が低めな感じはあったから、実は今回も内心で不安がっていたようだ。

 

 ちなみに、魔獣オオカミの死骸はそのまま置いてきている。けど特に今回みたいな体躯が強化されているタイプの魔獣は、皮とか牙とかが貴重品で高く売れるから、このまま放置するつもりということではない。

 

 こういう時はだいたい村人に回収と解体は任せて、セシルがフラヴィア商会を通して売っている。受け取る金額の比率とかは正直俺は把握していないけど、それによって村人から不満とかは聞いていないし、俺達の拠点には備品が充実している。

 

 

 

 そうして話しながら歩いて集落内まで辿り着くと、すきをもって見回りをしていた若い男性がこちらへ寄ってくる。

 

 「あの……」

 「魔獣退治は無事に終わっておるよ」

 

 俺達への信頼はあるのだろうけど、それでもやはり不安そうなその男性を安心させる様に、シンが落ち着いた声で完了を報告する。

 

 ついでに二つ名を自称するくせに自信が足り無いタラスの宣伝もしておこう。

 

 「期待の新人タラスが大活躍だ」

 「えぇっ!」

 

 俺が突然言ったからか、タラスは誇るでも照れるでもなく驚いている。

 

 「おお! さらに傭兵団が頼もしくなったのかぁ!」

 

 眉尻を下げて安堵した男性は、さっそく他の見回りへと声を掛けに行く。それは各々の家の中で様子を窺っていた村人達にも伝わったようで、徐々に村全体が安堵の騒めきに包まれていく。

 

 「へへ、へへへ」

 

 その騒めきの中心となっているタラスは、やはり照れくさいようで視線を彷徨わせて妙な笑いをこぼしている。この様子だと遠くない内に“万雷”の名は自称ではなくなりそうだ。

 

 「間が悪い魔獣のせいでばたついたけど、これでタラスも正式に俺達の仲間だな」

 

 なし崩しにならないように、改めて宣言するとタラスは目を見開いて照れ笑いを引っ込める。

 

 「はい! これでアタシも……、アタシ……?」

 

 途中まで感激していたタラスが、急に疑問を顔に出して固まってしまう。何か問題でもあったか?

 

 「えぇっと、そういえばヤミさんの傭兵団って、何ていうんですか?」

 「え?」

 「おん?」

 

 俺もシンもここまで気にしていなかったけど……、いわれてみれば傭兵団としかいってなかったかも。

 

 「ええ……、いる?」

 「いりますよ! 普通に困るじゃないですか」

 

 このままなあなあでいこうかとしたら、タラスに即答で叱られてしまった。

 

 「シンは何か決めてたりするか?」

 「おん? 何も考えておらんかったのぅ」

 

 そうだよな、全くそんな話題にならなかったし、セシルも特に考えてないんじゃないかな。

 

 急にいわれても何も浮かばない……。

 

 「普通は創設者の名前とか、理念を象徴するモノの名前とか……」

 

 タラスがヒントになるような情報をあげてくれるけど、今一つぴんとこない。

 

 名前でいくなら、ヤミシンは響きがダサいからシンヤミ傭兵団、とか?

 

 真闇でも深闇でも字面としてはかっこいいからありだけど、ちょっととってつけた感がありすぎるなぁ。

 

 「わたしは何でも構わんから、ヤミに任せる」

 「そんな事いったらシン・イェン傭兵団にするぞ?」

 「それでも別に異論はないのぅ」

 

 やる気のないシンに嫌がらせのつもりでいったら、まさかの肯定が返ってきた。マジか……、俺はヤミ・クルーエル傭兵団とか自己顕示欲あり過ぎて恥ずかしいけどな。

 

 「以前ヤミさんが名乗っていた邪神はどうですか? 邪神傭兵団!」

 「それもう傭兵とは別の組織……、というか太陽教会から激しく反発を受けそう」

 

 いかにも名案と言いたそうな顔で提案されたけど、それもないな。フックと戦った時に光神側についた太陽神は確かに敵と認識しているけど、セシルやタラスを巻き込んでケンカを売るつもりでもないしな。

 

 「まぁ、一旦保留で……」

 「そうですか……」

 

 立ち話で決めることでもないから先送りにすると、タラスは肩を落としている。邪神傭兵団に未練があるのだろうか。

 

 まぁ集まってきている村人たちがそろそろ声を掛けあぐねて困っているし、この話題はまた今度だな。

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