第45話 ナラシチの提案
「本当にありがとうございやした!」
団長室で向かい合って座ったばかりだというのに、ナラシチは勢いよく立ち上がって頭を下げた。
「強い魔獣とは見立ててやしたが、あれほど規格外とは……、完全に俺っちの見当違いでやした。お二人がいなかったら“銀鐘”にどれほどの被害が出ていたか……」
ナラシチはかなり落ち込んでいるようで、その表情も暗く目に力が無い。
「それはこの前にも話したけど、むしろ俺達がいたことで異界の神の介入を招いた結果だから、ナラシチの見当違いではないって」
「はぁ……、太陽神のほかに神がってところからしてぴんときやせんが」
現実感の無い話でフォローされても、傭兵団の長として感じている責任は別の話に聞こえるのかな。
「まぁ急に邪神が光神と揉めて、この世界の太陽神が介入されたらしいとか言われても、何いってんだとはなるよなぁ」
「あ、いえいえ誤解しないでいただきたいのは、信じていない訳では無いでやすし、お二人が人知を超えてすごい存在だというのはこの目でみやしたから疑ってやせんよ」
神がどうのという部分についてはただただ実感とか認識が追い付かないと言いたいようだ。まぁそれはそうだろうなぁ、普通の感覚だと。
「神というものの認識というか定義の問題に過ぎんようだのぅ。わたしらはただ人間より大きな力を内包する存在を神々と呼んでおるだけじゃ。事実として今のこの世界を見守っておるのは太陽神だけだったようじゃし、唯一神という認識も別に間違ってはおらん」
「ああ、なるほど。そういうことかも知れやせんね。お二人はこうしてお話できやすし、太陽教会では神の意を推し測るのは不敬だとされてるもんでやしたから、信仰してるつもりもなかったはずが先入観を植え付けられてたんでやすねぇ」
まぁそれはそうだろう。率先して太陽教会に入信する訳でなくても、この世界での主要な宗教は誰に聞いても太陽神信仰だ。そうであればその太陽教会の教えが神というものの定義となっているのは普通のことだろう。むしろ、ナラシチはかなり柔軟な頭の構造をしているとさえいえる程だと感じた。
「とはいえ……、責任は感じていやして。そもそも“銀鈴”が解散された後に、兄貴達を安心させたい気持ちと見返したい気持ちでこの“銀鐘”を立ち上げて、それからはもう必死でやってきたんでやすが……。年月が経つにつれて、つくづく俺っちは誰かを支える役どころの方が性に合っていたなぁ、と感じていたもんでして」
途中から今回の反省じゃなくて、ナラシチの人生に関する愚痴になってるな。まぁそれだけため込んでいるものがあったということか。
けどそんなこと俺達にいわれてもなぁ……。
「そこで、聞いて欲しいお願いがありやして!」
「お、おう、どうした?」
「な、なんじゃぁ?」
急に声を張って勢い込んできたナラシチに驚いた。シンの方もナラシチの述懐には興味無さそうにぼけっとしていたから、声に反応して小さく体を震わせている。
「お二人が体を癒している間に考えに考えて結論をだしやした。どうか、“銀鐘”を受け取ってくれやせんか?」
「はぁ?」
「おん?」
急も急だった。ナラシチにとってはドズデアとサデアを通した縁があったとはいえ、俺とシンはただの通りすがりだ。受け取れというのが団長を継いでくれということなら、突拍子がないとすらいえる。
「このことは主要な団員の了解も取っていやす。お二人は圧倒的に強くて、フラヴィア商会へも顔がききやす。それに俺っちが副団長として補佐について煩わしい団長業務は引き継ぎやすから、お二人には団の顔としてでんと構えていてもらえれば!」
驚いたことにこれはナラシチの独断ではなくて、“銀鐘”としての意向だと言いたいようだ。
煩わしいことも無いから顔役になってくれということだけど、さすがになぁ……。
「いや、それは勘弁してくれ。そもそもこのガルスに留まるつもりだってないんだし」
「お二人についてこの町をでることも想定しておりやす。あの布教司祭の件を抜きにしても最近の領主は明らかに俺っち達を疎んじておりやすから、引き留められることも無いでしょう」
「ついてこられてもなぁ」
食い下がってくるナラシチの表情を見る限り、本気で頼んでいるのは分かったけど、急にこんな大きな傭兵団を渡されてもなぁ。横目で見たシンの顔は少し興味がありそうだったけど、口に出さないということは、シンとしては俺の意向に沿ってくれるようだ。
「そこまで言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり断るよ」
「そう、でやすか。いえ、図々しい申し出を急にして申し訳ありやせんでした」
力なく頭を下げるナラシチだったけど、どこか断られることは予期していたようにも見える。
こういっては何だけど、“銀鐘”が俺達を必要としたことは伝わったけど、俺達は“銀鐘”を必要としていないからなぁ。
残念そうな力ない笑顔のナラシチに見送られて“銀鐘”拠点を出た俺達は、宿へと帰る道を歩いていた。相変わらず通り過ぎる人々は騒めいているものの、さっきよりは少し落ち着いたようだ。
「苦労もなく大きな組織が手に入るのは、悪い話ではなかったと思うがのぅ」
やはりシンはどちらかというと、申し出を受けてもいいと考えていたようだ。とはいえ、言い方に責めるような感じも引きずる感じもしないから、本当にどちらかというと、くらいの感覚のようだけど。
「傭兵団を作るっていうのは正直悪くないなって思ってる」
「おん?」
俺の言葉にシンは少し意外そうな音程の相槌を打つ。
林でフックと戦うのを通して、俺としても自分の中での心境の変化を自覚した。少なくとも当面は、この世界で、人間達の中で過ごしていきたいというものだ。
「けどそれはどこか田舎で小規模な、っていう話だよ。いきなりこの国屈指の傭兵団とか渡されても面倒くさい」
「まぁ騒がしくはなりそうじゃしのぅ」
俺とシンと、使い魔のフックと、後は数人程度と一緒に気楽な雰囲気で楽しくやれる居場所は作りたい、そんな程度の事は考える様になっていたのだった。
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