第40話 邪神の心
殴り合う中で、邪気というものの扱いについてようやく慣れてきたように感じていた。というのもこれまで全力で必死になって力を使う様な状況も必要性もなかったからだ。
漠然と感じとっていたオオフクロウの状態についても、殴り合う前より詳細に見えてきている。ほんの少し光神の力が混じった太陽神の神力が、ツタの様にオオフクロウに絡みついてその魔力を侵食している様子だった。
この神力を引き剥がすのは簡単なように見える。オオフクロウは結局のところ元はただの魔獣で、神力は神そのものではなく切り離されたものに過ぎない。
「ホギィィィ」
「……」
オオフクロウが苦しそうに呻きながらも、果敢に攻撃を続けてくる。俺もそれに応えて殴り返しながら、頭の中では考えを巡らし続ける。
絡みつく神力は膨大な力の供給源であり、今のオオフクロウの暴走状態の原因でもある。つまり強力な魔獣を暴走させられるほど深く浸食しているから、おそらく力ずくで神力を剥がせば、このオオフクロウは死んでしまうだろう。
もし元の魔獣に戻せたところで、そもそも俺達はそれを討伐に来ていた訳だし、こいつも結局縄張りを守るために抵抗して戦うことになるだろう。けどそれならそれでもいい。何よりあの光神の意図に翻弄される存在が、そのままにしておけないだけだ。
「慎重にやれば……、いや無理か」
深く複雑に絡みついた太陽神の神力を、元のオオフクロウの魔力を極力傷つけないように剥がせれば……、と思ったけど多分それは無理だ。
多少慣れてきたとはいっても俺はまだうまく邪気を扱えていない。その程度の練度で、外科手術みたいな繊細な技巧は望めない。それこそ、そういうのはシンが得意とするところだ。
「おらっ、ぐぅっ!」
「ギッ、ホゥゥ!」
激しい殴り合いの最中で一度距離が開き、改めてオオフクロウへと目を凝らす。
元はただのオオフクロウが、体内に膨大な魔力を持つことで魔獣へと変化していた。そしてそれを覆うように神力が絡みついたことで、炎の翼を持つ神獣へと成り果ててしまった、と。
そしてその神力を剥がせば元の魔力にも大きな傷が入るからおそらく死んでしまい、結局ただ倒すのと変わらなくなる。……、つまり?
つまり、神力を引き剥がして入った傷を埋める様に、新たな力で覆ってしまえば死にはしないか? 普通はそんなこと不可能だろうが、俺が扱う邪気は分類としては神力だ。埋め合わせとしては十分に思える。
「神獣を邪神獣に作り替えるわけだ……」
考えると思わず口角が上がる。光神が俺とシンへ干渉するために神獣へと変えられたこのオオフクロウを、俺の邪気で染め上げて味方にしてしまうなんて楽しいのではないだろうか?
合理性とか効率とかはどうでもいい。気分が良いか悪いかでいえば、圧倒的に良い。
「よし! それでいこう」
方針は決まったけど、まだ問題はあった。埋め合わせに使う邪気の量だ。
このオオフクロウを覆っている神力の量を十とするなら、それを埋め合わせるのに俺の未熟な腕では百か二百の邪気を必要とするだろう。
とはいえ邪気が枯渇することを心配している訳ではなかった。神の端くれである俺のエネルギー量は膨大で天井知らずといえる程ある。
問題はこれまで一度に使ったことのある邪気は、さっきの例えでいうなら精々が四か五程度だということだった。大きな邪気を急激に放出してうまくコントロールできる自信が正直にいって無い。
オオフクロウを邪神獣に変えて生かす試みが失敗した時は、後ろで慄きまくっているナラシチ達だけではなく、ガルス全域も含めたこの周囲が草一本も生えない荒れ地になるのではないだろうか。
わざわざシンに防壁を張ってもらって颯爽とオオフクロウと戦いにでて、それで途中で方針転換した挙句失敗して全部吹っ飛びましたはさすがに……。
「いや、いいか」
そうだ、失敗したら大変だから挑戦はしないで地味に生きていくなら、人間だった頃と同じだ。あの光神にバカにされた、世に何も為さずに魂を磨り減らしていた頃と。
怖いから、責任を感じたくないから、何もしなかったことを、俺はあの虚無の次元牢獄で千年間も後悔したはずだ。
出来ないかもしれない、俺には無理だ……じゃないんだ。やってやる、やれない訳が無い。
「俺は自らの恨みと怒りから誕生して名を名乗り、“深淵”の狂神から姓を受けた、“狂闇”の邪神ヤミ・クルーエルだ」
気合いを入れるために特に意味は無いけどそれっぽいことを口に出した。後ろからシンのものらしき邪気が一瞬激しく乱れるのが感じられたけど気付かなかったことにしよう。振り向いて爆笑されてたら恥ずかしいし。
「ホゥッキィィ!」
俺の決意をどういう風に感じ取ったのか、オオフクロウも改めて炎翼を広げて威嚇してくる。
「よし、お前も覚悟を決めとけよ、フクロウ! 一気にいくぞっ!」
声を張り上げると同時に、両手を前に突き出し、オオフクロウに絡みつく神力を吹き飛ばし、新たな力で覆いつくせるだけの邪気を手加減無しで解き放った。
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