第38話 炎翼フクロウ

 見ている間にもオオフクロウを覆う炎は勢いを増して、こちらまで熱が伝わってきている。とまっていた木はとっくに燃え尽きて、今は広げた羽を動かすこともせずに傲然と宙に浮いている。いや、あるいは突如身に降りかかった強大な力に動くこともできない程動揺しているのか。

 

 「おぉい、逃げた方がいいんじゃねぇか、司祭さんよ!? ――っ!?」

 

 熱から顔を逸らしながら狼狽えるゴルベットが、肘から先が無くなった片腕を掲げ続けるナロエに声を掛けてひどく驚いている。

 

 「くっそぉ! もう知るか俺は――!」

 

 どうやらナロエは立ったままで既にこと切れていたらしい。肩を引かれたことで地面へと倒れたナロエの死体を放って、ゴルベットは踵を返して逃げようとする。しかしそれは遅かったようだ。

 

 「あぢっ、あぢぃぃ! うぁ、たずっ、あぁぁがぁぁ……」

 

 背中から燃え上がったゴルベットは、そのまま殆どもがくこともできない程一瞬で燃え尽き、周囲に落ちる木々の燃えカスと区別がつかなくなった。

 

 そしてまだまだこれからだとでもいうように、拡がっていた熱がオオフクロウへと急激に収束をし始めていく。

 

 「いよいよ、力を解放するようだのぅ。おそらくあのオオフクロウに注がれておる力そのものはこの世界の太陽神のものじゃろう」

 「けど、はっきりと光神の力というか気配も感じる。協力してたのか」

 「協力か、隷属かは分からんがの。今後は太陽神も敵の一派と見て間違いないのぅ」

 

 俺達も光神も最近になって押し掛けた訳だから、この世界の神である太陽神からはどちらも厄介視されていると勝手に思っていた。けどどうやら、和解か屈服かは知らないけど協力関係になってしまったらしい。

 

 そして熱と炎が収束しきったオオフクロウは、広げた翼が炎を纏って何倍もの大きさになっていく。

 

 「これは……、まずいか? ナラシチ達を下がらせないと巻き込まれそうじゃないか?」

 「その程度ではないじゃろぅ、何せ少しとはいえ神の力が注がれておる。おそらく力が完全に解放されれば余波だけでこの林全域は燃え尽きるじゃろうな。ま、わたし達は余波程度なんでもないが、あのオオフクロウ本体には油断をしてはならんぞ?」

 

 林全域……、そうなるとナラシチにゲズル、マレア、そして“銀鐘”からついてきていた傭兵達が全滅するな。

 

 「それは、…………なんとかならないか?」

 「……? わたしならうまく防壁を張って余波を防ぐこともできると思うがの。わたしは正確には“元”神じゃから邪気の総量は多くない、じゃから防壁に力を使えばそれで全力を尽くすことになるじゃろうが、それではヤミが一人であのオオフクロウと戦わんといかんじゃろ」

 

 つまりナラシチ達を守ることは可能だけど、そのためには強敵相手に俺がリスクを負って戦うことが必要になってくると。確かに俺とシンの二人掛かりでいけばいくら強敵でも万が一はないだろうけど……。

 

 思考の底からふと目を上げると、シンはその透き通った銀色の両眼でじっとこちらを窺っていた。何度か見た気がする、俺の真意を確認するような目だ。

 

 「やっぱり防壁を頼む」

 「…………、そうか」

 

 理由を言葉にして連ねることもなく、ただ一言で告げる。すると何事か考えた様子のシンも、それ以上は何も言わずに相槌をうった。

 

 その表情は穏やかで優しく、少なくとも不満や不安はなさそうに見える。

 

 「ホォギィィィッ!」

 

 そしてそのタイミングで、炎の翼を一層大きく広げたオオフクロウが甲高く鳴き、さっきまでとは比べ物にならない熱量が周囲の全方向へと放射される。

 

 「ぐっうぅぅぅ!」

 

 両脚を踏みしめて立つシンが額に汗を浮かべて唸っている。振り向いて確認するとナラシチ達はひどく動揺しつつも、さすがに迂闊に近づいてくることもなく身構えている。そして何より無事なようだ。

 

 見ると、俺とシンが立っている場所より少し前までは全てが燃え上がっていた。見える限り向こう側の林半分全てが炎上していて、空間が圧倒的な熱で歪んで見えている。シンがこれほど苦しそうにするほどの全力で防壁を張っていなければ、林のこちら側も同じことになっていたのだろう。

 

 「すぅ……ふうぅぅ。よし、行ってくる」

 

 防壁に全力を込めているシンも、声は出せないながらもこくりと頷いてくれる。

 

 ……実際のところ、俺がピンチになればシンはナラシチ達を守る防壁の維持を放棄して、手助けしてくれるだろう。

 

 しかしその状況は結局この選択をした俺としては敗北を意味するし、なにより今これだけ全力を尽くして見るからに憔悴し始めているシンに、さらなる無理をさせることにもなる。

 

 「熱いな」

 

 防壁をすり抜けて一歩、二歩と燃える翼を持つオオフクロウへと近づくと、尋常ではなく熱かった。既に木々が炭になり始めているほどのこの空間が「熱い」で済むあたりは、さすが神々が幽閉用に用意した身体だけのことはある。しかし直接攻撃を受ければこの比ではないだろう。

 

 「ホゥギ! ホゥホゥギィアアアア!」

 

 近づく俺に対して、オオフクロウが威嚇の鳴き声を一層にぎやかにする。けどどうにも敵意はそれ程無いように感じてもいた。

 

 「苦しいのか? ……そうか、巻き込まれただけだもんな。けど、ごめんな、俺にできるのは……」

 

 邪気を込めた自分の手を見るも、思いつくのはほぼ攻撃手段のみ。あのオオフクロウに対して同情というよりは共感しているのは本音だけど、倒す以外に手段はないのも事実だ。――それについてはシンならなんとかできた可能性はあるけど、その可能性は俺のわがままで既に潰してしまっている。

 

 そして戦うとなれば、余計な感情は持たずに全力を出すべきだろう。

 

 この世界に来てから何度か戦いは経験したけど、その殆どが対人間、つまり負けるはずのないものだった。結局俺が戦うことや邪神としての力の扱いに関して初心者であることは変わっていない。

 

 魔獣に神の力の一端が注がれた状態がどれほどのものかはぶつかってみないとわからない。けどとにかく甘く見ることはしない方が良さそうだ。

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