第34話 領主の言い訳と募る不信感
俺とシンはナラシチの先導で、“銀鐘”の傭兵九人を後ろに連れて、町を出立するべく通りを歩いていた。
九人全員が俺とシンに対してはある程度の敬意を持って接してきていることから、事前にナラシチから色々と言い含められているようだ。あるいは領主説得の一件について何か聞いているのかもしれない。
「ゴルベットはさすがに置いてきたのか」
「えぇ、目をかけてはいやすが、ああもやらかされると……。しばらく謹慎して頭を冷やす様に言いつけやした」
あの土を岩塊のガントレットにして戦うのはかっこよかったのになぁ。いやそれは実戦的には見所とはいわないか……。なにより迂闊で短慮に加えて短気、と何というか社会人としてだめだよな、あいつ。
「そういえば今日の討伐にはフラヴィア商会の二人は参加しないのか?」
ゴルベットの事は正直それほど気にもしていなかったので、話題を変える。するとナラシチは少し眉を上げて、いかにも「あっ……」という表情を見せる。
「あの二人、ゲズルとマレアも助っ人として参加してくれやす。町門のところで待ち合わせなんですが、伝え忘れてやしたね」
まぁこれまでの経緯からいっても、それは参加するよな。そもそもはそのためにガルスまで来たんだろうし。
「おん? 他にもおるのぅ……、あれは領主ではないかの?」
遠くに見えてきていた町門の方を見てシンが言ったように、確かに禿頭の男と剣を腰に差した女が、小太りの男とにらみ合っているように見える。
「はぁ……」
それを見ていたナラシチから大きな溜め息が聞こえる。これから気合いを入れて出発って時に面倒くさいからだろうな。後ろをついてきている傭兵達の士気にも良い影響ではないだろう。
しかしだからといって避けていく訳にもいかず、それ程時間も経たずに町門のところまで辿り着く。ゲズルは苦笑いを浮かべながらもこちらに軽く挨拶をしてくるが、マレアは領主のショールをじっと睨んでいる。
とはいえショールの方は睨み合いをしたくはなかったらしく、俺達の到着に気付くと額に汗を浮かべながらぎこちない笑顔を向けてきた。
「な、ナラシチ! それに助っ人殿も。その……、先日は迷惑をかけて悪かった」
第一声で謝ってきたことに少し驚いた。ナラシチも同じようで、ショールの態度を疑うように慎重な態度で口を開く。
「はぁ……、そうでやしたね。では、今日俺っち達が林へ魔獣討伐に向かうのは全く反対はしないという事で?」
「もちろんだ! 昨日一日中考えていたのだ……、しかしどう考えてもなぜあのナロエの愚考に賛同してしまったのかが分からんのだよ」
今さらな言い分にナラシチも反応に困っているし、マレアはずっと睨みつけたままだ。
「影響が、抜けておるようだのぅ」
しかしシンが言った言葉は、また別の考えが彼女の心中にあることを示していた。二転三転する状況に、他の面々は口を開けなくなっている。
「影響って?」
「おん? ヤミも気付いておらんかったのか。領主はあの司祭から何らかの魔力的影響を受けておった。それが今は無い、という意味じゃの」
「は?」
ショールの心の底からの疑問が息と一緒に吐き出されて辺りに響く。しかし俺と、フラヴィア商会組には心当たりがある話だった。
「トトロンで太陽教会とちょっと揉めた時に、あそこの司祭が人を遠隔操作する遺物を使っていたんだよ。今回もそれと似たようなことか?」
「そうじゃなぁ、操作ではなく洗脳というか支配のような何かだのぅ」
俺とシンのやり取りに、ゲズルは「あっ」とでも言いたげに口を動かしていた。そういえば教会とのことはあまり言わない方が良かったのか。けどここで口を出すとフラヴィア商会も関わった話だと自分からばらすことになるから、何も言えずに口をつぐんだようだった。
「なんと……、恐ろしい話ではないか。ナラシチよ、私としたことが不甲斐ない様を見せてしまって済まなかったな」
「えぇ、今後は警戒しやしょう」
ナラシチは生返事をしながら、頭の中で色々と思案している様子だ。トトロンでの一件自体はおそらくドズデアからの手紙で知っていたはずだけど、さっきのシンの暴露で教会の脅威度を引き上げて色々と考えているのだろう。
とはいえこの領主、何というか他人事ながら不安だなぁ。最初に謝ってきたのはともかく、全体的に何というか自分の責任としては反省していない様に見える。
あくまで悪い布教司祭に騙された自分が可哀そうとでも言いたげというか……。最初の印象が悪かったからといって、疑って見すぎだろうか。
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