第26話 歓迎される邪神

 「さ、ここになりやす」

 

 二階建てのしっかりとしたレンガ造りの建物を、ナラシチは指している。周りの民家と比べると一回り以上大きいけれど、大規模な傭兵団の拠点とは正直思えない広さに見える。まさか地下に拡がっている訳でもないだろうし、フラヴィア商会の様に団長の執務室だけがここにあるということなのだろうか?

 

 「それじゃあ、俺はこれで。……、その、先ほどはすいませんでした」

 

 すっかりおとなしくなっていたゴルベットが、ぼそぼそとそれだけ言って立ち去ってしまう。他に用事でもあったのか?

 

 それを目で追っていたナラシチは、すぐにこちらへと目線を戻すと愛想よく笑いかけてくる。

 

 「遠慮なく入ってくだせぇ。ガキが生まれたばっかりなもんで、ちょいとうるさくしているかもしれやせんが」

 「いや子どもがいっぱい泣くのは元気な証拠だよ……、……って、え? “銀鐘”の拠点は出産の手伝いもするのか?」

 「は? いえ、ここは俺っちの家ですが」

 「噛み合っておらんかったようだのぅ」

 

 そういわれてみれば拠点に行くというのは俺とシンの間で話していたことで、このナラシチはそんなこと一言もいってなかったな。そうか、なるほど家だとすれば十分豪邸だな。

 

 「確かに傭兵団の方でお話ししたいこともありやすが、まずはゆっくりして旅の疲れをとってくださいや」

 

 思っていた以上に気を使われている様だった。それかこのナラシチがそういう人物だというだけなのかもしれないけど。

 

 ナラシチが開けてくれた扉をくぐって中へ入ると、そのまま広めの居間のような空間になっていた。区切られて見えない向こう側からは何か良い匂いがしてくるから、台所だろうか。

 

 その反対は階段になっているから、二階が寝室とかになっているのだろう。いや、外観から考えると台所らしき方向にも結構広さがあったはずだから見えてないだけで向こうにも部屋とかありそうか。

 

 「いらっしゃいませ、私はナラシチの妻のコロネです」

 

 かわいらしい声とともに、長い茶髪をまっすぐに降ろした大人しそうな女性がカップとポットを載せたお盆を持って出てくる。やっぱりあっちは台所か。

 

 ナラシチの妻って名乗ったけど、ドズデアやサデアと同じく四十代半ばくらいに見えるナラシチに対して、このコロネは三十歳前後に見える外見をしている。

 

 「そんな所に立っていやせんで、こちらへどうぞ」

 

 ナラシチに促されて居間の中央に置かれた綺麗な木目の天板をしているテーブルにつく。しかしお盆を持ってくるコロネの手つきはやや覚束なく、俺達の向かいに既に着席したナラシチも腰を浮かしたり降ろしたりして手伝うか見守るかはらはらとしているようだ。

 

 「す、すみません……。まだ不慣れなもので」

 

 はにかむコロネはそう言いながら、テーブルに置いたカップへと紅茶を注いでいく。こっちの手つきは安定していてお茶を入れることには慣れていることが窺えた。

 

 「コロネはガルスの商家の出身でして、計算や書類仕事は得意なんですが家事はまだこんな感じでやしてね」

 「夫は忙しい人ですから、子どもが小さいうちは私は家のことに集中しようと思っているんです。そうはいっても使用人のセテに教わりながらなのですけれど。あ、でも紅茶は安心してくださいね、これは実家にいた頃からの趣味で自分でよく淹れていましたから」

 

 お礼を言って一口飲んでみると、言うだけのことはあって確かにおいしい紅茶だ。俺はそれほど味覚に自信がある訳でもないけど、シンも嬉しそうに口をつけているし中々の味なのではないだろうか。

 

 「お夕食はセテに腕を振るってもらいますから安心してください」

 「はは……、楽しみにしておきます」

 

 微妙に反応に困ることを言われたから空笑いで誤魔化したけど、何か晩御飯までご馳走になることが決まっているようだった。

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