二章

第25話 ガルスの銀鐘

 数日後、俺とシンはガルスへと到着していた。歩いても良かったけど道に迷わず辿り着く自信もなかったから、フラヴィア商会の荷馬車に乗せてもらって来たのだった。

 

 荷台の端に居座ってぼけっとしているうちに丸二日ほどで辿り着いていたけど、殆ど外も見ていなかったから地理に疎いままだ。今からトトロンへ帰ろうとしても自力では無理だな。

 

 「ふむ、確かにトトロンに比べれば発展具合は見劣りするようだの」

 「けど意外と活気はあるよな」

 

 シンが口にした通り、町を囲う塀からして俺の身長程もないような木柵で、城壁都市といった雰囲気があったトトロンと比べると、ここは大規模な野営地という感じだ。

 

 しかし野営地とはいっても、立っている家々の密集度や外観はそれほどトトロンの建物から見劣りする訳でもない。町壁以外であえていえば、地面が踏み固められた土であるのが、全面石畳だったトトロンとの大きな違いかもしれない。

 

 そして行き交う人々に関していえば、トトロンとは明らかに層が違っていた。具体的には銀鈴亭に初めて行った時に揉めたデベル達の様な、腰に武器を下げた荒っぽい雰囲気の人が多く歩いていた。

 

 「このまま“銀鐘”とやらの拠点に向かえば良いのかの?」

 「ああ、銀鈴亭のドズデアが紹介状を送っておいてくれたはずだし、先に顔見せは済ませて宿の確保もしないとな」

 

 紹介状については、話に出たすぐ後にはフラヴィア商会を通じて送っておいてくれたらしかった。話によるとかなり早く着くルートで託したらしいから、荷馬車便乗でのんびり来た俺達よりは先についているはずだ。

 

 「一見地味な黒髪の若い男と、儚げな印象の銀髪の女……、あんた達がヤミさんとシンさんか?」

 

 呼ばれて振り向くと、ぼさぼさの髪をした精悍な顔つきの若い男が立っていた。身長は俺と殆ど変わらないけど、服の上からでもはっきりと分かるほどに屈強な体つきをしている。

 

 少しだけシンの目元に皺が寄るのを見て、慌てて口を開く。

 

 「そうだよ。声を掛けてくるってことはフラヴィア商会の関係者か? それとも“銀鐘”の?」

 「“銀鐘”だ」

 

 むすっとはしているものの普通に会話はしてくれそうだ。わざわざ来たのは案内役ということでいいのだろうか。

 

 「団長の昔の知り合いからの紹介か何か知らないが……、ごますり野郎なんかを何でこの俺が迎えに来なきゃならんのだ」

 

 すごく不満そうだ、顔もより渋くなって眉間に皺が寄りまくっているし、言葉だけでなくて声もとげとげしいことこの上ないな。それにしてもごますり野郎……、か。ということはあれかな、俺達がうまくドズデアに取り入っただけの詐欺師紛いみたいに思われていそうだ。

 

 とはいえこちらにはケンカをするつもりはない。なんか銀鈴亭のデベル達の時も同じことを思っていたような気がするけど、今回はあの時の反省を生かして一応笑顔で対応しよう。

 

 「まあそう言うなって、気楽にやろう。とにかく“銀鐘”の拠点まで案内してくれればいいから」

 「へらへらしやがって! この地味野郎!」

 「ぉおん?」

 

 はい、笑顔だめでしたー。ていうか何が気に食わなくて、急にそこまで激昂したんだよ。

 

 シンのフラストレーションもたまっているし、何ならさっきから腕を掴んで引き留めてるけど、かなり全力で引いているのにずりずりと前進している。狂神漏れてるなぁ……。

 

 「おっらぁぁぁ! このボケェッ!」

 

 小気味いい乾いた音と共にやや高い男性の声が響き渡る。少し離れた所から結構なスピードでこっちに駆け寄っているのは気付いていたけど、そのままこの失礼なぼさぼさ頭の後頭部を叩いたのはびっくりした。シンも驚いたのか溜飲が下がったのか動きが止まっている。

 

 「すっんませんっしたぁっ! ゴルベットには俺っちから言ってきかせときますんで、ここはどうかぁっ!」

 「お、おぅ……」

 

 すごい勢いで頭を下げられてつい返事をしてしまう。それを聞いてその深く折った腰が戻ると、後頭部でくくられた長い茶髪も勢いよく弧を描いている。やや大きい鼻が特徴的なくらいで、あとはさして特徴のない中年男性だった。

 

 それにしても叩かれたぼさぼさ頭のこいつは、ゴルベットと呼ばれていたけど、まだしゃがみ込んで後頭部を手で押さえている。軽めの音だったけどこんな屈強な男をここまで痛がらせるなんて、相当にスナップの効いた叩き方だったようだ。

 

 「俺っちは“銀鐘”傭兵団の団長、ナラシチっていいやす。ドズデアの兄貴からの手紙は読みやしたよ。ささっ、こちらにどうぞ」

 

 歩き出したからついて行くけど、なんかすごい下っ端感のある喋り方をするなぁ。けどようやく立ち上がったゴルベットはおとなしくこっちに一礼してから黙ってついてきているし、十分に統率力はある人のようだ。

 

 それに歩き方に隙がないというか、一見ふらふらと歩いているのに妙に軸が安定している。

 

 「ナラシチって、ドズデアのかつての仲間って聞いてるけど、“銀鈴”の一員だったのか?」

 「そうでやすよ。お二人は兄貴と姉御の恩人だって話ですから、俺っちにとっても恩人になりやすね!」

 

 テンション高いなぁ、微妙にやりづらい。

 

 「えらく畏まるのぅ、“銀鐘”というのは相当に大きな傭兵団なのじゃろ?」

 

 シンも俺と同じような感想、というか少し鬱陶しく感じているようで呆れたような表情になっている。

 

 「手紙にはサデアの姉御からも一筆添えられていやして……、あの悪鬼のように恐ろしい姉御にあそこまで言わしめるとは、そんなお方を雑には扱えませんて」

 

 調子よくそう言いながらも、一瞬だけ鋭い目線をついてくるゴルベットへと送る。所在なさそうに縮こまって歩くゴルベットは、さっきの生意気な印象がもはや全くなくなってしまった。

 

 それにしても、わざわざ詳細をぼかして言われたけど、サデアは俺達のことを何て紹介したんだ?

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