第22話 狂神

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 トトロンに建てられた太陽教会の二階、奥まった配置でそれほど広くもない一室、そこが司祭チェルネ・スルタエの部屋だった。チェルネの執務室と私室を兼ねるその部屋で、部屋の主は錫杖を手に座っていた。

 

 目は閉じられているものの、眠っている訳ではない。離れた場所のセシルの目を通して見て、耳を通して聞き、口を通して話し、そして体を操って行動していたのだった。

 

 しばらくすると、チェルネは何かに驚いて体を震わせる。表情は静かであったが、錫杖を握る手指に込められた力が、その内心を主張していた。

 

 その事で動揺があったためか、遠くの操作対象に話させる言葉をつい同時に口にしてしまう。

 

 「ふふ……、黄金の刃は他の遺物とは一味違いますよ。使用者を使い潰してはしまいますが、その真の力に触れた傷は哀れな犠牲者の身体を蝕み続けるのです」

 

 再び己の優位を感じたためか、チェルネの手指からは少し力が抜け、集中を維持するために閉じていた目も、薄く開かれていく。

 

 「ヤミさんは見ているだけでいいのですか? お仲間が皆死んでしまいますよ」

 

 チェルネは再び心身の余裕を取り戻し、隠しきれない嗜虐心も声に混じっていく。

 

 「何の話を……」

 

 しかし少し眉を顰めたチェルネは、心に疑念が生じたことで意識が僅かに本来の身体へと引き戻り、それによって誰も居ないはずの自室に人影を認識する。

 

 「――っ!? どうしてここに!」

 「なるほどのぅ、その錫杖じゃったか」

 

 チェルネを驚愕させた人影、シンが視線を錫杖へと据えると、耐える間もなくそれはチェルネの手の中から弾かれ、部屋の端へと転がる。

 

 「ぐぅぅ、接続の錫杖がっ!」

 

 弾かれた衝撃で中ほどから折れ曲がった錫杖は、物理的に杖としてだけではなく遺物としての魔力的性質も破壊されてしまっていることは、長く使用者であったチェルネには即座に理解できてしまった。

 

 錫杖による他者への強制干渉を強引に切断されて頭痛に呻くチェルネへと、壁にもたれて立っていたシンが身を起こしてゆっくりと歩み寄る。

 

 「……くっ。私に手を出せば完全に教会と敵対することになりますよ!? フラヴィア商会が愚かにも楯突いたことも、聖地の大教会へ報告は既に送っているのです。あなたはもう私に縋りつく以外に助かる道など無いのですよ!」

 

 大きな物音がしても見張りが駆け付けない異常さ故か、あるいは目の前に佇む銀髪銀眼の女性が持つ雰囲気の凄絶さ故か、普段の落ち着きを無くしたチェルネは目を大きく見開き口端から唾を飛ばして吠え掛かる。

 

 しかしその言葉に全く動じないシンを見て、強大な教会の存在が圧力とならないことを悟ったチェルネは、背もたれに縋りつくようにしながらも、震える脚で立ち上がった。

 

 「そのフラヴィア商会を怒らせ過ぎたようじゃのぅ、お前は。交易商の繋がりを駆使してこの町の教会関係の外との情報や物資のやり取りは既に断っているそうじゃ。人間の商人というのも中々面白い戦い方をするものだの」

 

 先んじて手を打たれていたという事実に、チェルネの目はさらに限界まで開かれ、視線は彷徨って思考は空回りする。そしてチェルネが何か良い言い訳を思いつくより前に、シンはその目の前へと辿り着き、優しい手つきで撫でるように肩に触れる。

 

 「ミリルの考えでは、お前を殺さずに何も出来ず話せない状態にすれば後は良い様にしてくれるということでの。ヤミもそれに同意しとった。じゃから、今ここではわたしはお前を殺さんぞ? 良かったのぅ」

 「へぅ……、は? え…………なぁ!」

 

 優しく告げたシンがチェルネから離れて扉へと向かう。そして言われた内容が頭で理解できない程動揺していたチェルネは、自身の足元から這い上がる言いようのない寒気に目を向けて、心の底から後悔する。

 

 「これは!? こんな悍ましいもの、くぅっ動けない! いや、いやだ! 助けて、たすけてくださいよぉ……、こんな、こんなのはぃぁぁぁぁぁぁ………………」

 

 足元から這い上がる“モノ”に首筋まで覆われたチェルネは必死に許しを懇願する。しかし許しも救いも狂神の内にあるものではなく、シンが扉を開ける頃にはチェルネは頭の先まで飲み込まれて静かになっていく。

 

 「安心してよいぞ? 朝になる前に外見だけは綺麗に元通りにしておくからのぅ」

 

 その声を最後に扉は閉じられ、深い沈黙と見るも悍ましいチェルネだったものが残されていた。

 

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