21-2 人形の部屋

「この部屋は……?」


 陽桜李は紫苑に案内された部屋に入って、つい間の抜けた声が出た。


「日本屋敷らしくないですか?」


 陽桜李は怪訝な目で紫苑を見上げるとこくりと頷いた。陽桜李の話をゆっくりと聞いてから八雲を探し出そうと言ってくれた紫苑に、彼の部屋であるという所へ行った。

 小さなシャンデリアが天井から下がっている。長テーブルには白いクロスが敷いてあった。木目のチェアがいくつも並んでいる。これはまるで洋館の食卓だ。


「どこでもいいですよ。あの森を抜けたからお疲れでしょう。座ってください」

「は、はい……ありがとう、ございます……」


 陽桜李はこんな時であるが気持ちは少しわくわくしていた。和室ばかりであった八雲邸で育った自分にとっては見たこともない光景だ。

 琥珀と大和と村外に遊びに行ったときに喫茶店に入ったが、そこと雰囲気は似ていた。陽桜李は喫茶店でクリームメロンソーダを琥珀に頼んでもらって、あまりの美味しさに嬉しくなったものだ。


 陽桜李はチェアに座りながらそんなことを思い出してうつむく。ワンピースのスカートの裾をぎゅっと握りしめる。


 ──みんな無事だろうか。機織が言うことは本当だろうか。

『その機織という方はどこまで信じられますか』

 急に紫苑が言ったことが不安になる。

 もし機織が間違った情報を教えていたら、琥珀は、大和は、風見は──。

 陽桜李は鬼百合の夢が思い返される。

 目が潤んでくるのを耐えるように首を横に振った。


「……ええい!うじうじしてちゃだめ!八雲お父さまを早く見つけだして帰るんだ!」

「ふふ、陽桜李様、心の声が出ていますよ」

「あ、しまった……すみません」

「いいえ、……本当にご家族のことが、大好きなのですね」


 紫苑は微笑んで言った。


「……大好き……ですが、大切、でもあります」


 陽桜李は真っ直ぐに紫苑を見て言った。紫苑は優しく「そうですか」と返しながら陽桜李の両肩に触れた。


「良かったらどうぞ。旅疲れには糖分補給がいいですよ」


 紫苑は陽桜李に耳元でそう言う。陽桜李は何だろう?と首を傾げる。すると陽桜李の目の前にいつのまにか──食事が用意されていた。


「……あ、クリームメロンソーダ……」


 どれも喫茶店で見たことのあるものだった。サラダサンドイッチ、生クリームの乗ったプリン、ウエハースのついたアイスクリーム、そして陽桜李の好きなクリームメロンソーダ。


 陽桜李は急にのどの渇きを覚えて唾を思いっきり飲み込んだ。自然と手がしゅわしゅわと泡の浮かぶ緑色のグラスに伸びる。


『常世のものは絶対に口にしてはいけません!』


 機織の声を思い出して陽桜李はハッとした。


「あの……とても嬉しいんですけど……私は、屋敷のものは食べてはいけないんです」

「ああ、黄泉戸喫よもつへぐいのことですか。神話のイザナギとイザナミの夫婦のお話ですね。死者の妻イザナミは死の国の食べ物を食べて現世に戻れなくなったという」

「そうなんだ……初めて知った、お、お詳しいんですね……」

「あれはただの神話です。こちらは現実。気にすることないのですよ」


 紫苑は陽桜李の隣のチェアを引いて座ると、妙に早口で言った。そしてなんてこともなくサラダサンドイッチを口にし始める。陽桜李のおなかがぐうと鳴った。


「心配でしたら無理して食べなくても大丈夫ですよ。強制するつもりで出したのではないので、ね?」


 紫苑はこちらを向いてにこりを笑うと、サンドイッチを皿の上に置いた。


「それより私は陽桜李様の事情を聞かなくてはならない。どうしてあなたのお父様がこの屋敷に来たのか……」

「はい……。八雲お父さまは兎山家の刀を取りに行ってしまった」

「なるほど。刀ですか……」

「その刀が、恋墨桜の呪いを解く術なのだそうです」


 紫苑は顎に手を当てて首を傾げる。


「……それは、もしかすると死幻刀しげんとうのことかもしれないですね」

「死幻刀……?」

「はい。兎山家に残る不思議な力の持った刀です」

「力とは?」

「未練のある死者を幻として映し出す刀です」

「そ、そんなすごい力が……」

「兎山家には先祖から残された宝物ほうもつが多かったのです。それを狙った輩も居た。もともと家系と死幻刀を守るために呪術を学んだと聞いたこともあります。あとは私が面白いなと思ったのは書いた字が動く筆など……」

「動く筆?!」


 陽桜李はガタンと大きな音をたてて立ち上がった。紫苑もおどろいた顔で陽桜李のことを見た。


「……そんな……あの絵は……劉条は、兎山家の物を……奪った?」


 陽桜李は重くため息をついてテーブルの上に突っ伏した。次々と明らかになっていく耳塚家と兎山家の事実に気がめいっていく。


 これでは──どちらが善で悪なのか。

 

「……なんとなくご事情は察しました。確かに耳塚家は兎山家を滅ぼしました。ですが、根っから悪人のようなことをしていたわけではありません。どこかですれ違いがあり、争いが生まれてしまった」


 紫苑は陽桜李を落ち着かせるように穏やかに言った。


「……よけいなお世話であることは承知なのですが……その、陽桜李様は恋墨桜を切る必要はあるのでしょうか?なんだか、あんまりにも残酷な気がします。だって、恋墨桜はあなたのお母様でしょう?お母様が居なければ、今の陽桜李様は存在しません。どうも耳塚家は、自分たちの先祖の失態を陽桜李様に押し付けている気がするのです」

「でも……!それが、私にしか出来ないのなら……私の使命だから……」

「しかし陽桜李様は女の子でしょう?」

「……え」

「使命だなんてこんな年頃の女の子が背負うには重すぎる」


 陽桜李は黙ってしまった。


「すみません。過ぎたことを言いすぎました。……そうだ、一息つきましょう。話すのにも体力はいります。どうぞお茶でも飲んでください」


 陽桜李はぼうっとしてしまった。ゆっくりと手がメロンソーダのグラスを掴んだ。なんだかやけになってしまって陽桜李はぐいっと一気に飲んだ。美味しい。体の疲れがすうっと抜けるようだ。そのままチェアの背もたれに陽桜李は寄りかかって目を閉じた。



***


 ガタッ。


 陽桜李は大きな音がして目が覚めた。そう思ったのだが、その音は自分が床に倒れたものだった。


 陽桜李はチェアから転がり落ちていた。


(……な、なんだろう……からだが、あつくて……とても眠い……)


 陽桜李はなんとか意識を保って、まぶたを開いた。


 ぐにゃり。


 陽桜李はテーブルの下に居て手をどうにか伸ばした瞬間だった。なにか変な感触がした。


 丸いものだ。陽桜李の手には白く黒い点がある丸いものが潰れていた。

 それは目玉だった。


「……きゃっ!」


 陽桜李は冷水をかけられたように目が覚めた。起き上がって目の前を見て絶句した。


 人形の山があった。


 どれも黒髪の日本人形だった。陽桜李の前にごろごろと両目の外れた人形が転がっていた。


(──……人形……人形師!)


 陽桜李はすべてに気がついて心の中で叫んだ。


「なんだ、急いで隠していたものが見つかってしまいましたか」


 紫苑の冷めた声が背後から聞こえる。後ろを見た瞬間に紫苑の手が陽桜李の足を掴もうとした。陽桜李は思いっきり蹴飛ばして、這いつくばるようにテーブルから抜け出した。


 そして扉を開けて部屋を出て行ったのだった。


「はははは、無駄ですよ……この屋敷にどこにも逃げ場などありません」


 紫苑のぶきみな笑い声が陽桜李の耳に入ったのだった。

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