影に咲く鬼百合

19-1 ある従者の祈り

 それは何十年も前の夜の話。

 兎山の屋敷のとある一室に彼らは集まっていた。

 中心に兎山家の次期当主だったはずの影彦が座っている。影彦は恋墨と出会った頃のような純粋な表情を見せることが少なくなった。恋墨が劉条と婚約してから見る間に元気がなくなったのだ。若々しかった顔も白髪と相まってだんだんと老けてきた。


 影彦は自分の従者を呼び出していた。

 十詩、機織、そして──。


機織はたおり、お前はどうなんだ」


 影彦はあることを従者に告げた。それに対して返事のない機織にうっすらと笑みを浮かべて聞いてみた。


「聞いているのか?機織!お坊ちゃまが問うておる!」


 十詩が苛立ったように機織に問い詰めた。


「……私は病がずっと続いています。おそらく完治の見込みはないでしょう。でしたらこの命は坊ちゃまに捧げるまで」

「それは本心か?」

「……」

「本心なのかと聞いている」


 影彦は静かに言った。すると機織はうつむいてた顔を上げた。


「……正直に申し上げます。影彦様の考えているような復讐は負の連鎖を生むだけです。劉条様と恋墨様を破滅に追いやっても兎山家の復活にはならない。でしたら私たちはもう静かに暮らすのが、呪術師としての罪滅ぼしに……」

「この臆病者め!あの二人に、あの一族に……兎山家が、影彦お坊ちゃまが、なにをされたか忘れたか!」

「しかし!恋墨様だって劉条殿との婚姻は望んでないはずです!もう一度、話し合えば、影彦様との道も開けるかもしれない……このようなことはせず、もう少し待ってみる手も……」

「機織、貴様は女が分かっていない!一族の男どもに強引にあのようなことをされれば、女はもう断れないのだ!」


 十詩の声が自然と大きくなる。


「まあよい。十詩、そう機織を責めるな。この男は男なりの見解があるだろう。お前の気持ちはいつもよく分かっている」

「か、影彦お坊ちゃま……」


 影彦は微笑みながら言った。十詩は思わず頬を赤らめてしまった。


「……おい、この変態男。さっきから話を聞いているのか?」


 十詩は先程から会話に参加してないとある男に視線を向けた。たが、十詩にしては目が泳いでいる。


「はぁい。聞いていますよ」

紫苑シオン!”玩具おもちゃ”ばかりいじってないで真面目に話を聞け!」


 十詩は強い語調であるが、ぞっとしたように紫苑と呼ばれた男から距離を離す。機織はその"異常"な光景を見て無理もないと思った。


「おもちゃ?おもちゃではありません。これは私のかわいいかわいいお人形さんです」


 紫苑は西洋人と日本人の混血ハーフであった。透き通るような金髪とぐるりと動くたびに宝石のように光る青い瞳。一見すると誰しもが目を惹く容姿なのにだ。

 紫苑の膝元には少女が乗っている。

 少女は貧しく食う物を求めて鬼百合村に迷い込んだ。森の中をさまよっていたところを散歩していた紫苑に助けてもらった。"助けてもらった"と少女は思い込んでいたのだ。これがまだ機織であったならば、本当に支援を受けられただろう。だが少女が紫苑に出会ったのが運のツキと言えた。

 少女は地味な茶色の髪をしていた。しかしその髪は紫苑に綺麗に整えられている。蝶が散りばめられた着物を美しく着せられていた。


「……おね、がい、しま……たすけ、て……」


 少女がか細い声で言った。


「おや?お人形はおしゃべりしないと教えこみましたよね?ちゃんと言うことを聞かないとまたお仕置きですよ」


 紫苑は少女に甘い声で耳元でささやく。


「いやああ!たすけて!たすけて!」


 紫苑は少女を落ち着かせるように頭を優しく撫でていた。しかし限界が来たのか。少女は紫苑から離れて暴れだした。

 少女が涙を浮かべて機織のもとにやってきた。機織は一瞬、びくりと怖気づくが、ここは自分がと少女をかばおうとした時だった。


「機織さん……いつからあなたは私に刃向かえるようになったのでしょうか……」


 紫苑の低い声が機織の手を止めた。機織が少女に伸ばした手は届かず終わった。

 グサッと音がすると血が目の前で飛び散る。紫苑は真っ黒な彫刻刀で少女の首元を刺した。少女は目を見開いたまま機織の前で倒れてしまった。


「もうこの”お人形”はだめですね。”失敗作”です。影彦様、うるさくして申し訳ありません。今すぐ屑籠くずかごに捨てておきます」


 少女の死体を紫苑はまるで本物のごみでも扱うように引きずった。そのまま従者の会議にもまともに参加せずに紫苑は去っていく。紫苑が音も立てずにそっと襖を閉めると、部屋はしん……と静まった。


「……相変わらず気色の悪い男だ。あの男が何をしてようと、どうでもよいが……私にはまったく理解ができん」


 十詩がやっと言葉が見つかったようにそう呟いた。

 機織はこの頃から思っていた。


 劉条が影彦にやったことは卑怯であったかもしれない。しかしこのような兎山の者の身勝手な行動を影彦を含めた上の者は見逃している。劉条が義妹である恋墨の影彦との関係を反対したのも無理はない。もし兎山家に嫁げば恋墨の身に何があるかわかったものではない。


 機織はわからなかった。病気で職もなかった自分を必要としてくれた兎山家に尽くしてきた。しかし兎山家はだんだんと十詩といった女を使って信者を洗脳し、人形師として雇ったはずの紫苑にはためらいなく女を殺させる。そして力をつけてきた。どちらの者も機織の理解の範疇をこえているため、なんの対処法も浮かばなかった。

 このような人を不幸にしていく兎山家は滅ぶのが──当然ではないのかと。


 機織は自分のあるじの影彦をちらりと見遣る。


 影彦は御猪口おちょこで酒をぐいっと飲むと──笑っていた。

 これから自分が計画している恋墨への呪術のことで頭がいっぱいのようだった。恋墨の復讐のために自分と従者の命を引き替えにすることになんのためらいもない。


 機織は神に祈った。

 

 どうか、どうかいつか、影彦の逆襲を止められる者が現れますようにと──。

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