17-2 辿り着く場所は


 ざあ、ざあ──。

 雨が強くなってきた。暗黒の空に稲妻が光る。ざあざあと顔に雨粒が打ち付けていく。陽桜李の黒髪はぐっしょりと濡れて、雫がポタリポタリと落ちる。白い服は土で茶色くなっていた。陽桜李はどうしてか耳塚邸に出る前の、絹代の温もりが伝わってきそうな優しい笑顔を思い出して、泣きそうになる。

 目が潤んで前が滲んだのを気付かなかったふりをして、八つ当たりのように手綱を何度も何度も叩いた。走っているヨキは疲れたのか明らかにだんだんと遅くなっていった。


「ヨキ!もうすぐだから……頑張って……!」


 陽桜李は願いを込めるように言った。

 どんよりとした曇り空に覆われ、薄暗かった視界がはっきりしてきた。


「霧が、霧が……晴れた!」


 霧がなくなったことに喜んだ。そして陽桜李はある景色に目を輝かせた。黒く大きな家のような影が見えたのだ。陽桜李は笑みを浮かべながら涙が流れた。


(──無駄じゃなかった……!今までの犠牲は、無駄じゃなかった!

 風見が二十年やってきたことも、耳塚家の者たちの苦労も、これですべてが終わる!

 自分が今、恋墨桜こずみざくらの娘である自分が、呪いをとくんだ!)


 陽桜李は希望に満ちていた。それは出られない闇をさまよいつづけ、光が見えたところへ向かうと、一面の美しき花畑を発見したかのような気分だった。


 そのはずだった。


「……え?」


 陽桜李は枯れた声で呟いた。


 馬をゆっくりと止めて一歩、一歩、家に近づく。目の前がぱあっと明るくなるほど、陽桜李は呆気にとられる。あんなにも消えてほしかった霧が、今ではもう一度、現れてほしいと思った。


「……そ、そんな……」


 陽桜李は体の震えが止まらない。


「……お願い、うそだと言って……」


 陽桜李は馬から降りる。今にも倒れそうになって前へ進んだ。


「私は、私は何のために!何のために、お兄さまを……おじさまを……!」


 屋敷はあった。確かにあった。

 しかしそれはもう“屋敷”とは言えなかった。


 骨組みの柱だけが残っている。

 朽ち果ている屋敷は中が丸見えで、一目ひとめで誰も居ないことがわかる。


 陽桜李の目に映ったのは、とても人が住んでいるとは思えない”廃墟はいきょ”だった。



 ──八雲は何処にも居ない。


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