17-1 辿り着く場所は


 陽桜李はある事に気がついた。また鬼百合の花がちらちらと視界に映る。

 霧が薄くなってきたのだ。木々の間もしっかりと見えるようになってよけるのが、たやすくなってきた。陽桜李がほっとしているのもつかの間。頬に冷たい水滴が落ち始めた。空を見上げると糸のように細い線が真っ直ぐと下に向かっている。雨だ。


「何なんだこの森は……もう天気めちゃくちゃだな……!」


 大和はそう言いながら少し笑っていた。お互い気持ちは同じようだった。


「でも変化はあった!もう霧の外は近いのかもしれません!」


 陽桜李も嬉しそうに返す。そうだ。いつまでも続くような闇の中をひらすら走ってきた二人は、明らかな空気の変わりように気づいていた。きっと目的地はもうすぐだ。陽桜李は思いっきり手綱を鳴らす。ヨキがいっそう早く進みだす。ここまで頑張ってくれたヨキにはきりの良いところで一休みさせよう。そう考えていた瞬間だった。


『逃がすものか!』


 地を這うような低い声が頭に響いた。


(まさか──ここまで来て──!)


「……どうして?!」


 陽桜李はこの速度では振り向けない。大和に確認してほしいように困惑した声を出した。


「……おい!あいつ追ってきてるぞ!」

「そんな、まさか……風見おじさまが……」


 大和は後ろを見て言った。陽桜李は顔をおおいたくなった。十詩が間違いなく追ってきているということは──風見の身に何かあったのだ。琥珀とともに生きているのか、それとも──。

 陽桜李の頬には雨と涙がまじった水滴がつたう。目頭が熱くて仕方ない。


『二度も同じ失敗はせぬ!あの男のように通して堪るか!』

「……あの男?」


 うつむいていた陽桜李は顔を上げた。真っ暗な心のうちに一筋の光が差し込んだ気がした。


「八雲お父さまは生きているのですか!ちゃんと屋敷に向かったのですか!」

「陽桜李!止まっちゃっだめだ!」


 陽桜李は涙声で聞いた。大和の忠告も耳に入らずヨキを思わず止めてしまう。


「教えなさい!八雲お父さまはあなたを退けていったのですね!?」

『ばかな小娘め!』


 ぐにゃりと唇を歪めた十詩が目の前に現れた。そうと思った瞬間には、もう襲い掛かってきた。陽桜李はハッとしても目をつむるしかなかった。

 ずさっと地面に引きずられるような音がした。陽桜李が目をあけると大和が馬から落ちていた。


「大和お兄さま!」


 大和が自分をかばった。そう気づいた時にはもう遅かった。大和は地面の上で横腹をおさえると呻きだした。けれど耐える顔をして陽桜李を見上げた。


「陽桜李……俺は平気だ……先に、早く!」

『止まれ!この男を殺されたくなければそのまま止まれ!』


 十詩の言うことに陽桜李は一歩も動けなくなる。


『そうだ……もう家族をこれ以上、お前の身勝手で失いたくないだろう!戻れ!今すぐ家に戻れ!』

「話を聞くな!親父は絶対に屋敷に居る!もうこの先に行けるのはお前だけだ!」

父娘おやこそろって邪魔な共々め!影彦様の敷地を穢す者は何人なんびとたりとも許さぬ!』


 十詩が必死な口調で迫った。

 ──そして陽桜李は確信する。間違いない。屋敷はもうすぐそばにある。でも大和を──。


「大和に何するのよ!この性悪女!」


 聞き覚えのある凛とした声がした。ゆらりと白いスカートが目の端をよぎる。大和を庇うように通り過ぎたかと思うと十詩に覆いかぶさった。暴れる十詩を一生懸命に押し倒している。

 陽桜李はまさかの彼女の姿に笑みがこぼれる。


「……弓子っ!」


 陽桜李は名前を呼んだ。


「陽桜李!大和のことは私が守るわ!」

「……でも!」

「早く!早く行きなさい!」


 弓子は十詩を抑えるだけでも精いっぱいなようだった。陽桜李はせっかくの機会を与えてくれた弓子に、迷わずに首を縦に振った。


『この……阿婆擦あばずれ女ぁ!よくもやってくれたな!』

「かかってきなさいよ!女と女の勝負よ!影彦とやらはもうとっくに死んでるの!人に迷惑かける前にさっさと成仏しなさいな!」

『お前が言うな!殺してやる!』

「もう死んでるわ!」


 陽桜李はヨキをふたたび走らせた。弓子の威勢のいい声が遠くなっていく。


「弓子、大和お兄さまをお願い……!」



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