16-2 血路


『この役立たずの次男め!よくもいいところを邪魔してくれたな!』


 十詩は以前にも増して口調が変わる。結った髪をぐしゃぐしゃに乱すと苛立った声で風見を罵った。さっきから風見のことをわざと次男と繰り返し言っているようだった。


『何年も懲りずに来るわねぇ……次男?四男?五男?なんだったっけ?何でもいいわ。あなた、“本当のいらない子“だもの』

「……おう、いくらでも言え。自覚済みだ」

『長男でもなければ!弟のように霊能力もない!そんな男は耳塚家にいらないわよねぇ?!』


 十詩は言い切ると奇妙に笑みを浮かべる。その時だ。風見が瞬きする間に弓の矢がぶれた。

 矢は十詩からずれて明後日の方向へ行く。風見は額に汗をにじませて白く息を吐いた。風見の弓を引く手が震えているのに陽桜李は気がついた。


「風見おじさま……」

「こんなことを20年間、この女に言われ続けた」


 陽桜李は思わず不安そうに風見を呼んだ。


「十詩!お前にされたことのお返しに来たぞ!」


 風見は突然、声を張り上げると長そでシャツの腕をまくった。陽桜李は悲鳴をあげそうになったのをこらえた。風見の左の二の腕には肩に一直線にそっている大きな古傷があったのだ。


「その傷は……どうしたのですか?!」

「ここに一人で来たらこれだ。気づけば自分で自分を傷つけていた。この兎山の霧の森に入った者は発狂する。中にはここに迷い込んでひどい被害にあった者も居た。自分の目を抉ったり、手足を切断しちまったり……俺はこのぐらいで済んで良かったもんだ」

「そ、それが、20年間、屋敷に辿り着けない理由……」


 では、風見にとって十詩の戦いは──雪辱せつじょくを果たすことになるのか。


「ぼけっとするな!琥珀は俺が見ておく!十詩の相手をしてる間に早く!」

「で、でもそしたら風見おじさまが……!」

「俺の心配してくれるのか、お嬢ちゃん」


 風見は横目で陽桜李を見ると優しく笑った。彼は初めて会った時のような飄々とした喋り方をした。陽桜李は決心したように大きく頷く。


「大和お兄さま!起きてください!」


 陽桜李は大和の両肩を掴んで体を揺さぶった。「……ごめんなさい!」と陽桜李は小声で呟くと、大和の片頬を思いっきり引っ叩いた。大和はやっとぱちりと目を開けた。なにが起きたのかという顔をして頭を横に振る。


「……はっ。ここはどこだ。おれはだれだ」

「お腹まだ痛いですか?骨折している気がしますか?」

「……そういえば、だんだんと痛くなくなってきた」

「じゃあ急いで!先に進みます!」

「お、おう……!」


 大和はおぼつかない調子だったがまだ動けるようであった。陽桜李は大和を重たく支えながら馬に乗っていく。手綱をひっぱるとぐるりと風見のほうを向いた。


「陽桜李!大和!最初に言ったことを忘れるな!霧を抜けるまで振り向いてはいけない!」

「はい!」


 陽桜李は大きな声で返事をするとヨキを走らせた。深く青い霧をさえぎる。走れば、走り続ければ、きっと光に辿り着くはずだ。


「琥珀お兄さま……風見おじさま……どうかご無事で……!」


 陽桜李は振り向いて遠くなっていく風見たちに祈るように呟いた。

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