14-2 青い霧

 夏が近いとはいえ、不気味なほど天気が良い日だ。じりじりと迫ってきそうな太陽の熱にあてられ、陽桜李は額に汗を流す。


 大和の言うとおり──なぜ馬で行かなければならないのだろう。

 陽桜李は馬ヨキのゆったりとした歩きに揺られながら考えていた。兎山には車道が一切ない。人間の足では兎山の屋敷に辿り着けないのだとするとかなり遠いのだ。

 先頭に進む風見に、琥珀が続いて、大和と陽桜李が後を追う。


「あの桜は今日は静かだね」


 琥珀の言葉に陽桜李は顔を上げる。自分たちがこずみ桜の地点まで来たのだとわかった。わかったというより気が付かなかった。

 陽桜李は通り過ぎるこずみ桜を見つめる。普段と変わりはなく黒い花びらが落ちている。しかしひとつひとつの花がしおれているかのように元気がない。枯れているわけではない。木が小さくなったわけでもない。だからふしぎと存在感がないのだ。


(もしかして……恋墨の力が弱まっている……?でも、なぜ?)


 陽桜李は何となく感じ取った。

 そして最近、突然見るようになった兎山の者の霊体。このことに意味があるのだろうか。

 兎山にある刀とやらで切るとしても桜の木には傷ひとつがつくぐらいだろう。一体、どうやってあの桜を消滅させるのだろうか。


(……それが分かっていたら、とっくに風見たちがどうにかしている)


 その役目が陽桜李にあるかもしれない。だから八雲が兎山の屋敷に行って、耳塚家の問題と関わらせないようにした。


 自分はとことん娘でしかないのだと実感させられる。


(……こんなときに!余計な事ばかり考えちゃだめ……)


「おい!陽桜李!ヨキを走らせるな!」

「……あっ、すみません、大和お兄さま……」


 陽桜李は手綱を思いっきり握っていた。ヨキが興奮して勝手に走り出してしまう。二人は風見と琥珀を通り越していく。木々のあいだから風が突き抜けていった。

 陽桜李が横に顔を出して振り返ると、微笑ましそうにしている琥珀と、呆れたように肩をすくめる風見が見えた。二人に謝るように陽桜李はぺこりと頭を下げる。


「おえ……酔いそう……」

「ふふ」


 すでにぐったりとしている大和だったが、陽桜李はほんの少し硬かった表情をゆるめた。楽しかった。乗馬はなかなかできない経験だ。


 けれどその笑みはすぐに消える。


「……?ヨキ!止まって!」


 陽桜李は声をかける。ヨキはいななきをあげたが、しっかりと止まった。ひづめを鳴らして再びゆっくりと歩みを進める。


 光が──消えた。


 陽桜李は空を見上げる。さっきまで木々の隙間からさんさんと照らしていた日が見当たらない。


「……あのさ、俺の気のせいかもしれないんだけど……」


 違和感に気づいた大和が、震える手で陽桜李の両肩に触れた。


「……霧、出てね……?あんなに晴れてたのに……」

「昨日は雨もふってない、ですよね」

「な、なんだこれ……」


 陽桜李は大和と喋っていてハッとする。口から吐く息が白い。そしてひどく寒い。陽桜李はそでの短い両腕をさすった。


「…………青い、霧?」


 陽桜李は大和のほうを見て、お互い首を傾げた。


「全員に言うぞ!ここからは先は“鬼百合村”だ!なにがあっても振り返ってはいけない!」


 風見の大きな声が聞こえた。馬を走らせて陽桜李たちのもとへやって来た。遅れないように琥珀も一緒についてくる。


「どんなことがあってもだ。たとえお前らが“殺し合っても”」


 風見の発言で全員が突然、黙った。しばらく間があいたが、大和が耐えかねたように口を開いた。


「こ、殺し……合う?!そんなことするわけないだろ?!」

「……どういうことですか。そんなの聞いてませんよ」

「今からでも戻れる。戻りたい奴は今のうちだ。八雲がこの先を行ったのなら俺一人でも行く」


 風見は迷いがないようだった。陽桜李たちより先に行くと濃くなる霧の奥へ入って行く。


「俺は兎山の屋敷に辿り着いたことはない。20年やっても駄目だった」


 独り言のようにぽつりと風見が呟いた。


「20……年?」

「……風見先生、あなたが長年調べていた、いや、やっていたことは、まさか……」

「もう一度、確認する。それでも行く覚悟はあるか」


 おどろいて何も言えずにいた陽桜李は、ここで意識をはっきりさせた。


「……大和お兄さま。戻りたかったら今、ここで降りてください」

「ひ、陽桜李……!」

「私は行きます。兎山の屋敷に八雲お父さまが居るのなら、行きます」


 そんな危ないところに八雲が一人でしかも歩きで行ったのなら尚更だ。陽桜李は後ろを向いて大和をみあげた。彼は完全に顔が青ざめてしまっていた。当たり前だと思った。陽桜李も口調は強いが内心は動揺している。


「……俺も行きますよ。陽桜李を一人にしておけない」


 琥珀は静かにそう言うと馬の手綱を強く引っ張った。先に行ってしまう二人に、立ち止まっている陽桜李は、つい急かすように大和を見てしまった。


「……あー!もう!“お父さま!”今助けに行くぞ!」


 大和は涙目になりながら声を張る。陽桜李は感謝を込めてそっと笑みを浮かべた。


「……待て!森には集団で行くな!一頭ずつ、時間を空けて、進め」


 陽桜李たちはふたたび風見のほうを向いて止まる。


「えっ……?」


 大和の戸惑った声が霧の闇の中で虚しく響いた。


 黒いからすが鳴く。愚かな人間たちと、人ならざる娘を、歓迎しているのか──否、嘲笑あざわらっているのか。




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