14-1 青い霧


 朝が来た。陽桜李は昨日のワンピースを洗ってもらって着ることにした。


「陽桜李様!それで行くつもりですか?!」


 絹代は陽桜李の格好を廊下で見ると止めようとした。だけど陽桜李は言うことを聞かなかった。破ってしまったからには最後まで責任をとる。そう伝えると絹代は陽桜李の変なこだわりに首を傾げていた。


 すると絹代は陽桜李を自室に連れて、古い茶箪笥からあるものを差し出した。同じ白色の男子用の半ズボンだった。絹代の子供が小さな頃に着ていたおさがりだ。


「……普通に下着が見えそうです」


 絹代は真顔で言ったのだった。陽桜李は確かにと黙って頷いた。


「いいお天気」


 陽桜李は朝食をすませて着替え終えると、庭園を歩いて門前に行く。晴れ晴れとした天気だった。どこまでも青く雲一つない空に目を細める。

 陽桜李はいくつかの人影を見つける。すでに風見と大和と琥珀が集まっていた。


「おはよう、陽桜李」


 琥珀が変わらず柔らかな声であいさつをした。陽桜李はつい昨夜の二人の出来事を思い出して黙りかける。


「琥珀お兄さま、おはようございます」


 けど自分もいつも通りに話しかけた。琥珀は「うん」と返事をして微笑んだ。


「……全員集まったか」


 風見がぐるりと見渡すと言った。


「待て、風見。これを使っていけ」


 低い声がして全員が振り返った。霧夜が見送りにやってきたのだった。そして供人ともびとを何人も連れて持ってきたのは──。


「……う、馬?!」


 大和がぎょっとした声をあげた。茶色の毛並みが整った三頭の馬が目の前に居るのだ。陽桜李は目を輝かせて一匹の馬に近寄った。


「……かわいい」


 陽桜李は嬉しそうにポツリと呟く。背を伸ばして頭を撫でると、馬は気持ちよさそうに目を閉じていた。


「……子供の頃に乗馬クラブ行って以来なんだけど」

「俺なんて乗ったこともないよ」


 大和があぜんとしている横で琥珀は苦笑して言った。


「右から、ヨキ、コト、キクだ」

「どこかで聞いたことあるな」

「っていうか!三頭しか居ないじゃん!」

「陽桜李を誰かと一緒に乗せていきなさい」


 霧夜がさも当然というように言ったので三人がじっと陽桜李のほうを見た。陽桜李は霧夜の言葉にムッとする。霧夜は陽桜李に睨まれてたじろいでしまう。「なにか変なことでも言ったか」とのんきにしている。

 霧夜が陽桜李を完全に子供あつかいしていることにも少し腹立ったが──なんとなく間が悪い人だと思った。


「……え?誰と?」


 大和がワンテンポ遅れて事に気づいた。


「……まあ、ここは陽桜李に決定権あるから、ね?」


 変な空気になったのを琥珀がなだめた。そんな琥珀を陽桜李は困ったように見てしまう。琥珀が笑みを返してくれたのに陽桜李はついに目を逸らしてしまった。


(──やってしまった。せっかくここまでいい調子だったのに……)


 かといって──と風見のほうも……あのひと騒動あったあとだ。陽桜李はすぐに視線を大和に向ける。大和が陽桜李に見られていることに気づくと「へ?」と声を出して首を傾げた。

 どうしてだろう。大和のまのぬけた顔を見ていると落ち着く。


「……じゃあ、大和お兄さま……で……」

「俺かよ!しかもなんでそんな不安そうに言うの!」

「だって……じゃなかったです。大和お兄さま、よろしくお願いします」

「だってなんだ!言ってみろ!」

「まあまあ」


 琥珀が何てこともないように笑っていた。陽桜李はそんな琥珀の姿に切なくなる。どうしてここで大和を選んでしまったのだろう。逆に気にしてないという風に琥珀と一緒に乗っても良かったのではないか。


(……八雲お父さまとも、琥珀お兄さまとも……本当に家族に戻れるのだろうか……)


「こら!さっきから気にしてるでしょ」

「……えっ、あ、う……」

「昨日は昨日。今日は今日。まあ、このタイミングであんなこと言った俺もわるかったけど……俺は大丈夫だから、ほら!しっかり!これから長旅だ」


 琥珀はひょいと陽桜李を抱き上げると馬に乗せてくれた。それは昔のように無邪気な立ち振る舞いだった。


「……う……ひっく……」

「は?!なんで泣いてる?!どっか痛いのか?!お、おれ、な、なんかまたわるいこと言ったか?!」

「大和お兄さま……ち、ちがう……」

「あはは、そうだよ、なんで泣いてるの、大和は意外と繊細なんだからだめだよ」

「誰が繊細だ!お、俺は別にそんな!」

「ほらほら、大和も早く乗って」


 大和は渋々といった感じで陽桜李と一緒に馬に乗る。ぶるると馬のヨキが鼻を鳴らしたのに大和はびくりとする。そんな様子に琥珀と陽桜李は笑い合う。


「風見。本当に大丈夫なのか。それに八雲も無事なのだろうか……」

「……俺はただの次男。長男は当主跡継ぎ、三男は貴重な陰陽師の力をも持つ。残されたのはしがないただの教授。大学にいくらでも変わりはいるさ」


 霧夜が再度確認するように風見に問う。だが、風見は何でもないように霧夜の杞憂をかわした。


「……ねぇ陽桜李、大和も行く必要あるの?」


 陽桜李が皆が準備しているのをぼうっと眺めていると、どこからか声がした。陽桜李が振り向くと弓子が物陰から覗いていた。


「弓子」

「私、反対よ。もし大和に何かあったらいや……」

「弓子……」


 陽桜李は眉を下げる。弓子それだけ言うとすーっと姿を消した。


(……お父さまも……私たちも無事に帰ってこれるだろうか……)


 突然、どくんと動悸がした。だけど気持ちに負けないように陽桜李はパチンと両手で頬を叩いて気合を入れる。


(あともどりはできない、お父さまを助け出すために……)


 陽桜李は真っ直ぐ前を向いて、胸のうちで誓ったのだった。

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