13-2 家族との境界線

 ひとつの季節が終わろうとしている。春だ。

 それは桜の木が花びらが散り、葉に変わったことが証明していた。

 この上春村で桜と呼べるのが残っているのは、呪われた桜の“こずみ桜”くらいだろう。

 

 それでもまだ夜の風は冷える。昼のあたたかさがうそのようだ。

 

 陽桜李は庭園の前の縁側に腰をおろすと、空を見上げる。満月が落ちてきそうに大きい。

 たまに思う。この村の夜はすこし怖い。


 一生、朝が来ないような深々とした闇が、この村を覆っているような気がする。


「陽桜李、大丈夫?寒くない?」


 陽桜李が物思いに耽っていると、ふわりと羽織をかけられる。呼び出した琥珀が待っていた陽桜李に優しく声をかけた。


「ありがとう。琥珀お兄さま……」

「ほかは?」

「え?」

「大丈夫?いろいろと」


 琥珀が「隣いいかな?」と聞いたので陽桜李はもちろんと言うように大きく頷いた。琥珀は笑みを浮かべてそっと陽桜李のそばに寄った。


「正嗣おじいさまが陽桜李に何を言ったのかは、俺たちは聞かないよ。やっぱり、耳塚との血の繋がりはないからね。俺たちは眼中にないのかも……なんてね」

「そ、そんなことない」

「はは、なんだろうな。父上も、陽桜李のことも、助けたい気持ちでいっぱいなのに、なにもできないもどかしさがあるのかな」

「琥珀お兄さまはいつも優しい、ずっと私の心の支えです」

「優しい……かぁ」


 琥珀は苦笑する。


「……陽桜李は、父上のことが好きなんだね」


 唐突に琥珀に言われて、陽桜李はどきっとする。さきほどまで八雲のことで空想してたことを思い出して、顔が真っ赤になった。琥珀は「わかりやすい」と呟くと大笑いしている。


「……は、はい」

「……そっか。そっかそっか。でもまぁ、そうだったよね」


 琥珀は頬杖をついていたずらめいた笑みで、横に居る陽桜李を見た。


「……でも、だめなんです」

「だめ?」

「私には劉条の血が流れている……八雲お父さまも……同じ……」


 陽桜李は下を向く。

 

 声が自然と震えた。

 昼に正嗣に言われたおぞましい耳塚家の真実が今でも聞こえてきそうだ。


 劉条と恋墨は夫婦だった。敵対していた兎山家の息子との恋愛に反対した劉条が無理やり義理の妹だった恋墨を奪った。

 恋墨はどんな気持ちだったのだろう。

 愛する人との想いをずっと抱いて、望んでない相手との子供を生まなければいけなかった。


『命と引き換えにお前を──誰のものにもさせないぞ』


 一方、兎山の影彦は自らの命を捨てて、恋墨を恨んで、彼女を死に導き──あの黒い桜を完成させた。


 だけど、陽桜李は今、痛いほど恋墨の──母の想いを理解した。

 恋墨桜の娘である自分も、叶わない恋をしている。


 陽桜李の目から雨のように小さな涙が、頬に伝わって地面に落ちた。


「うっ……ひっく、無理なんです、だから、もういい、八雲お父さまが戻ってきたら、今まで通りに過ごします」


 陽桜李は泣きじゃくる。

 

 打ち明けた想いを忘れてほしい。そう琥珀に言いたかった。


「そっか。じゃあ俺が陽桜李と結婚しちゃおうかな」


 琥珀の手がそっと包み込むように合わさった。陽桜李は目を丸くする。聞き間違いかと首を傾げて、ちらりと琥珀を見る。


「……え?」

「だって俺と陽桜李は兄妹とはいえ、血は繋がってない。昔の田舎じゃよくある話だ。この村もふるくさいし平気でしょ」

「え、えっと……」

「どうかな?俺じゃいや?」


 陽桜李が思わず横に一歩引いたところを、琥珀はぐいっと近づく。夜の暗がりからもはっきりわかる琥珀のいつもの穏やかな微笑み。けれど琥珀の目は真剣味が増してるようだった。


「なんてね。……いやでしょ?父上以外の男なんて」


 琥珀は距離を離すとそう言った。陽桜李はどうしていいか分からなく必死になって首を振った。


「こ、琥珀お兄さまがいやとかじゃなくて……」

「じゃあ自分の気持ちに素直になること。迷わないこと。どうなるかは分からないけど、自分が自分を否定しちゃだめだ」


 琥珀は陽桜李の頭をぽんぽんと撫でる。琥珀の言葉に元気づけられて、陽桜李の目はどんどん潤んでいく。


「ふふ、冗談だから気にしないで。いや、半分本気だったかな。俺、陽桜李のこと最近はあんまり妹と思ってないよ」

「……琥珀お兄さま、うそなのかほんとうなのか、わからないことばかりで困ります……」

「それに陽桜李が俺にとられちゃうと分かったら父上も焦ってくれるかもよ」


 陽桜李はこれ以上は勘弁してほしいと、みるみる間に顔が赤く染まっていく。


(琥珀お兄さまってどうしてこんな恥ずかしいことさらっと言えてしまうのだろう……照れてしまっておかしくなりそう……)


 陽桜李はふと、八雲に想いを告げるのならこんなことを言わなければいけないのかと考えた。絶対に無理だとぎゅっと目を瞑る。言われただけでもこんなに身が持たなくなりそうなのだから。


「女の子ってさ、恋すると変わるね」

「変わる?」

「『父上を助けに行く!』ってワンピース破っちゃった今日の陽桜李を見てさ、もうあの小さい陽桜李じゃないんだな。そう思ってたけどいまこうやって話してみると、あの陽桜李が別人みたいな可愛い面もある」


 琥珀は優しく手をそっと握ると、感慨深そうに陽桜李を見つめた。


「……父上が心配だね。一人で何でも抱え込むひとだから。でも大丈夫、きっと父上は無事だ」

「はい……ありがとう。琥珀お兄さま」


 陽桜李は様々な意味で感謝を込めて言った。

 琥珀だってなんにも思わなかったわけではない。こうやって呼び出して陽桜李に自分の想いをしっかり伝えた。

 妹として育った人に、勇気がいることだったろう。

 陽桜李が八雲に拒否されるかもしれないと、胸が張り裂けそうになったのと同じだ。それを耐えてまでの気持ちだった。


(ごめんなさい……琥珀お兄さま……本当に、本当にありがとう)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます