13-1 家族との境界線



 陽桜李は大広間から出ると走りだした。広い耳塚邸の縁側の廊下を、転ばないように何度も曲がる。普段あまり八雲にまだ外に出してもらえなく、体力のない陽桜李は、はあ、と息を切らして懸命に走る。

 陽桜李はふっと立ち止まる。庭園の東屋あずまやに風見と琥珀と大和が集まっていた。廊下に引きずられて汚れてしまったワンピースの裾をもちあげると、縁側をおりて素足のまま、石畳の上を歩く。陽桜李の白い足の爪に小石がつまる。痛みなど忘れたまま、陽桜李は風見たちのもとに向かった。


「風見おじさま!」


 陽桜李は声高々に叫んだ。三人は陽桜李に気づくと一斉にこちらを見た。


「兎山の屋敷の場所を教えてください!」

「……教えたところでどうするつもりなんだ」

「八雲お父さまを助けに行きます!」


 陽桜李は歩きにくさを感じて手でびりっとワンピースの裾を破った。糸がほつれながら膝上まであげる。貸してくれた女中にはあとで弁償をしよう。そう思いながらも開放感があった。

 そんな陽桜李の行動に風見は目をみはる。


「……八雲お父さまの……私のお家で……兎山の従者だったという霊体とお話しました。彼は言ったのです。“こずみ桜を切れるのは娘だけ”と──」


 陽桜李は負けじと風見を問い詰めた。


「おそらく八雲お父さまは何かを探しに行きました。切るというとやはり……」

「刀だ」


 風見はそう断言すると降参だというように大げさに肩をすくめる。


「刀?!そんな物騒なものをどうする気だよ!」


 大和がすぐさま反応した。


「お前らにも今、説明したが……恋墨の恋人だった兎山影彦。彼は劉条に奪われた恨みで恋墨と桜に呪いをかけた。今まで断ち切れなかった怨念を陽桜李が消滅させることができるかもしれん」

「だから父上はあんなに怒ってたのですね。陽桜李を危険な目に合わせたくない……。それで一人で手がかりのある場所へと……」


 琥珀が冷静に風見に返事をする。


「お願い。おじさま。私に兎山の屋敷に連れて行って!お父さまを……お父さまを救いたいの!」

「危険だぞ。あの八雲でも無事には帰ってこれないかもしれない」

「だからこそです!私が行かなきゃ!」


 陽桜李は懸命な想いを伝える。

 自分の口から溢れ出す言葉は、すべて、八雲に教えてもらった。なにも喋れない、感じない、だけどぜんぶ八雲が与えてくれたのだ。

 今、陽桜李は辛くとも、とても幸せだ。


「わかった。明日の朝に出発だ」


 風見は強い眼差しで三人を見て言った。



 その夜、陽桜李は寝付けなかった。初めて広大な耳塚邸に泊まったのもあってなのか。布団の中で八雲の顔が浮かんでくるたびに、胸がとくんとあたたかくなる。


 八雲は陽桜李が居ない間、こんな夜を過ごしていたのだろうか。


 そうだといい。そうであってほしい。


 陽桜李は恐ろしいことを考えていた。


『──陽桜李、お願いだ、戻ってきてくれ』


 八雲がそう呼んでいる声が聞こえた気がした。


 あの恋墨を求めた劉条のように、八雲は自分を──。


 陽桜李は不謹慎な考えに、ふるふると首を横に振った。


「お父さま……私は戻ってきました。なのに、どうして、いないの。会いたいです。会いたいです」 


 陽桜李は琥珀たちには見せなかった涙で、枕を濡らした。


 トントン。

 襖から軽いノックの音がした。


「……陽桜李。起きてる?」


 琥珀の声だった。陽桜李は急いで寝間着の袖で目をこすった。


「開けても大丈夫かな?」

「はい。琥珀お兄さま」

「……いや、男が女の子の部屋にってのもあれだから……夜は寒いけど少し散歩しない?」

「わ、わかりました。今すぐ行きます」

「はは、焦らなくていいよ」


 行灯の明かりをつけて鏡台の前に座る。しっかりと目が赤くなってないか確認した。涙声だったろうか。いまさら気にしても仕方ないけれど。


 陽桜李はそう思いながら襖を開けた。


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