12-2 耳塚家の真実


 大広間は一気にしん、と静まった。陽桜李と正嗣の二人きりだった。

 陽桜李は背筋を伸ばして正座し、上座の椅子に座っている正嗣を真っ直ぐ見つめた。正嗣は時々咳をしながら、落ち着かないのか杖をさわったりしていた。しかし決意したように陽桜李と目を合わせると、口を開いた。


「耳塚家の真実を教えよう。この一族の罪を、私の、そして先祖の劉条りゅうじょうの罪を」


 陽桜李は緊張して頷いた。


「……私たち劉条の末裔は孤児であるというのは知っているな」

「お父さまから聞いたことがあります……。劉条は心身的なショックで子を宿せない体になった。だから自らの財産を様々な孤児を引き取って惜しまず使って育てたのだと」

「正確には“そういうことになっている”」


 陽桜李は目を大きく見開く。


「え……?」

「これを見なさい」


 正嗣はそう言うと懐から和紙を取り出した。陽桜李は目の前にふわりと落ちてきた和紙を目を凝らして見た。


「……絵?」


 陽桜李は首を傾げる。水墨画のような絵だった。桜の木が描かれている。そのそばで一人の女性が笑っているような顔でこちらを見ていた。陽桜李はそっと和紙をさわった。その瞬間だった。


『恋墨!お願いだ!行かないでくれ!』


 陽桜李の頭の中である景色が流れた。

 黒い桜に向かって歩いて行く恋墨に向かって劉条が叫んでいる。前にも見た記憶だ。


「君にはこの絵が動いているように見えないか」


 正嗣の声に陽桜李はハッと我に返った。すぐに光景は耳塚邸の大広間に戻る。陽桜李は正嗣の言う通りに、まぶたをこすってもう一度、和紙をじっくりと見た。陽桜李は驚いて声を出しそうになったのを抑えた。


 和紙の絵は動いていた。桜の木の花びらは真っ黒に染まり、はらはらと舞い落ちている。


「は、はい。黒い花びらが舞っている……すごい」


 陽桜李はまるで劉条になったかのような気分だった。

 喪服の姿になった恋墨は歩みを止めることなく、黒い桜へ向かっていく。


『行かないでくれ』


 そんな必死な劉条の想いが込められていたような絵だった。

 ──恋墨はそんな劉条の声も届かずに──。


(……なんて後悔が残った絵なのだろう)


 陽桜李は他人事ひとごとながら泣きそうになった。


「……そして和紙の裏面を見てほしい」


 陽桜李はさっと和紙をひっくり返す。陽桜李は一瞬なんだか分からなくて、床に顔がくっつくのではないかと思うほどに近づけた。

 裏面には一番上に劉条と書かれていた。線がいくつも引かれていて知らない名前が載っている。


「家系図?」


 陽桜李はそれらしきものだと判断すると正嗣に聞く。正嗣はもっとしっかりと見てほしいと言いたげに首を横に振った。陽桜李は再び顔を下に向ける。


「……え……」


 陽桜李は衝撃で絶句しそうになった。

 劉条の隣に恋墨と書かれていて──その下に子の名前があったのだ。

 

「……まさか、劉条と恋墨には子供が居たのですか?!」

「……ああ、そうだ」

「そんな!だって恋墨は影彦と想い合ってたのに!本当にあのあと、劉条は強引に恋墨と結婚してしまったのですか?!」


 陽桜李はしまったと口を噤んだ。自分が見た桜の木の記憶は風見以外には言っていない。簡単に人に教えていいものなのか分からない。場合によってはこれは耳塚家の重大な秘密なのだから。

 陽桜李は窺うように正嗣を上目遣いで見る。


「……もうそこまで知っているのか、いや、私にも知らないことを“視てきた”ようだな」


 正嗣は一瞬、驚いていたが、すぐに納得したように言った。陽桜李はホッと胸をなでおろす。


「こ、この二人の子供は……どうなったのですか?」


 陽桜李は話を続けた。しかし正嗣に聞く前にあることに気づく。陽桜李はもう一度、耳塚家の”正式な家系図”を見た。


(そんな……まさか……!)


 劉条と恋墨の間からばらつかずに一直線に繋がっている家系があった。そして一番下のところの名前は──”正嗣”と書かれていた。


「あなたと……八雲お父さま、霧夜おじさま、風見おじさまは……!」

「私がもう力尽きれば、唯一の直系の子孫となる」


 陽桜李はぐったりとして力が抜ける。正座を崩すとふらりとめまいがした。


「そして陽桜李。八雲と恋墨桜の娘のお前も、劉条の血が流れている」

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