11-2 再会


 屋敷の大広間でぱちんっ、と高い音が響いた。


「こんのろくでなし!」


 絹代が怒鳴る目の前には平手打ちされた風見がうつむいていた。陽桜李は自分も引っ叩かれたような痛みを感じて片方の頬をさする。大和は「ひぃ……」と呟いて怖がっていた。琥珀は絹代に従うしかないという顔で静かに目を閉じている。


「絹代ちゃん、暴力反対……」

「女の平手打ちだけで済んで良かったと思いなさい!本来なら豚箱にぶちこんでるところです!」

「ちょ、ちょっと口悪すぎやしないか……絹代ちゃ……さん」

「……風見さん、あなただって辛かったのは分かります。でもこのやり方は道理ではありません!」


 口論になっている二人に陽桜李は慌てて口を開いた。


「絹代さん!待って!ちがうの!おじさまは私のために……私が……八雲お父さまと赤の他人になるように……」


 そこまで言って陽桜李はいいよどむ。なにか告白しようとしている陽桜李に「なんだ?」と大和が首を傾げているのを見てさらにためらった。自分の八雲へ気持ちを皆の前で言うわけにいかない。


「もういい。言わなくて」


 風見がぶっきらぼうに言うと、赤くなった頬を痛そうにさわりながらその場に座った。


「おじさま……ごめんなさい。ありがとう」


 陽桜李は風見のそばに寄って、かすかな笑みを浮かべる。


「……陽桜李様……一体どういうことなんです?」


 風見が無理やり陽桜李を連れ去ったのだとばかり思っていた絹代が戸惑った声で聞いた。陽桜李は絹代を見上げたあとに「すみません」と深々と頭を下げた。


「絹代おばさま……私と少しお話してくれますか?」




 陽桜李と絹代は広間の縁側に座っていた。

 風が吹くたびに庭園の木々の木漏れ日が揺れる。かこん、と、ししおどしの音が響き、流れる水と奏でた。


「あの、なんて言ったらいいか……わからないの」


 陽桜李は蚊の鳴くような声で呟いた。


「や、八雲お父さまのことを考えると、もやもやするの。私と同じ名前の、ヒオリさん、絹代さん、お父さまのそばにはいっぱい女の人がいる……それが、辛くて、風見おじさまのところに、逃げだし、ました」


 陽桜李はハッキリと八雲への想いを伝えるわけにはいかなかった。だから誤魔化したように言った。だけど、この言い方では切れ者の絹代はすぐに察しただろう。


 隣の絹代はふう、とため息をついた。そんな絹代に陽桜李はどきっと胸が鳴った。


「なるほど。私が八雲様を好いてると勘違いしているわけですね」


 絹代は呆れたように言った。


「あのですね!これでも私はもう子供二人育てています。その……霧夜様ひとすじ……ごほん。つまり、八雲様は弟のような存在なのです!」

「は、はい……ご、ごめんなさい」

「陽桜李様!どうして私と距離が離れているのですか?!」


 絹代が困惑しながら言うと、じりり、と近づいてくる。

 ──先ほどのあの風見への態度を見て怯えるなというほうが無理だ。

 陽桜李はどうしても絹代との間に一人分ほどの距離を置いてしまう。


「昔は……もっと……なついてくれて……」


 絹代がそっと陽桜李の頭に手を伸ばした。陽桜李はびくっと肩を震わす。だけどそれは一瞬だけのこと。

 陽桜李はこのとき初めて絹代の目を見た。絹代はなにかを思い出すような、澄んでいるが、悲しそうでもある瞳をしていた。


「……すみません。あなたは陽桜李さん、です、ね」


 絹代は陽桜李に拒否されたと思い、手を引っ込めた。陽桜李は絹代が“ヒオリ“という女性を知っているのではないか、自分を通してヒオリを見ているのではないか、と思った。

 だってあの絹代が顔を背けて、すすり泣いているのだ。


「すみません、すみません……守ってあげられなくて、すみません……」


 男子たちの前であんなに威勢のよかった態度をしていた絹代とは、まるで別人のようだった。きっとこれが本来の絹代の姿なのではないだろうか。耳塚家の当主の妻として悪役を買ってたのだ。どれだけ親戚の者に嫌われようと構わなくても。


 陽桜李は絹代にそっと寄り添う。絹代の白く細長い指をした手をぎゅっと握った。


「絹代さん……泣かないで」


 陽桜李は大人っぽい声を一生懸命に出そうとした。ヒオリという人はどんな声をしていたか。自分なりに想像をして絹代を励まそうとした。


「……絹代。さっきからなにをそんなに騒いでるんだ」


 縁側の廊下に現れた人物に絹代がハッとした顔をした。

 陽桜李は恐る恐る視線をあげる。そこには八雲とよく似た艶のある黒髪の和服の男性が自分たちを見下ろしていた。


「霧夜様……」


 その男を絹代は霧夜と呼んだ。絹代は手のひらで泣いている顔を隠した。だから彼女は気が付いていないだろう。霧夜は心配そうな目で絹代を見ていた。


「お騒がせして申し訳ありません……」


 絹代はそう言いながら懐から白の刺繍のハンカチを取り出す。赤くなった目をこすって、鼻水を拭いた。こっそりやってるつもりだったのだろうが、ずーっと鼻をすする大きな音がして、陽桜李は苦笑する。


「……まあ、絹代。お前もそんなに無理をするなと普段から言ってるだろう。ほどほどにしておきなさい」


 陽桜李は顔をあげて霧夜を見る。お互い目が合うと絹代の様子に微笑み合った。

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