11-1 再会


「陽桜李、起きろ、起きるんだ」

「なぁに?おじさま」

「父上が危篤だ。急いで本家に行くぞ」

「……おじさまのお父さま?」

「お前の祖父だ」


 その日、風見が初めて寝ている陽桜李を起こそうとした。しかも朝の五時という時間にだ。

 風見は急いでスーツに着替えていた。鏡の前で髪形を何度も確認してはネクタイをしめる。陽桜李は目をこすった。寝間着の浴衣がはだけていて下着をつけていない小さな胸が見えた。陽桜李はやっと自分の格好を気にするほど余裕が出てきた。風見がよそ見をしているあいだにこっそりとなおした。


「……私の服は?」


 宿の浴衣で過ごしていた陽桜李は困ったように眉を下げた。


「サイズが合うか分からんが女用の服を用意するように言っている」

「……うん」


 陽桜李は女中が服を持ってきてくれるまで待っていることにした。


(どんな服だろう。本家に行くということは八雲お父さまと会うんだ。絹代のようなきれいな着物がよかった……)


 絹代の美しい着物姿を思い出す。陽桜李はこじんまりとした自分の胸をついおさえた。自分の祖父が危篤だというのに頭に全く入らなかった。




 宿の者が呼んだタクシーで風見と陽桜李は耳塚邸に向かった。屋敷に着くと風見は茶色の鞄をかかえて、焦ったように先に行ってしまった。


「ここが、お父さまが育ったお家……」


 タクシーから降りた陽桜李は清楚なワンピースを着ていた。宿の若い女中の普段着を急遽、借りたのだった。


 陽桜李は庭園の大きな池の前で立ち止まった。そして水面に映る自分をにらむように見る。

 サイズが合わなくて不格好だ。陽桜李は理不尽に苛立っていた。これではとてもじゃないけれど八雲と顔を合わせられない。


「……会いたくない。八雲お父さまに会いたくない」


 陽桜李は池の石の上にしゃがみ込んだ。目から涙が零れる。頬を伝った雫は池の上にぽたりと落ちた。陽桜李の小さな泣き声に池の鯉がびっくりしたように離れていく。


「陽桜李!」


 聞き覚えのある声にはっとする。陽桜李は急いで袖で涙をぬぐうと首を横に振る。


「大和お兄さま……?」


 陽桜李は振り返っておどろいた。大和が屋敷の縁側からおりてきてこっちを見ている。陽桜李が帰って来たのに今、気が付いたという顔をしていた。大和は靴も履かずに陽桜李のもとに走ってくる。


 大和は陽桜李の前でしゃがみ込んだと思うと、強く抱き締めたのだった。


「ひ、陽桜李ー!」

「うっ……くるしい……」


 陽桜李はうめき声をあげる。「あ、悪い、つい……」と苦しそうな陽桜李に気が付くと大和は離してくれた。陽桜李がじっと間近で見つめると、大和はなぜか頬を赤くしていた。陽桜李を思わず抱き締めてしまった、らしくない行動に自分でびっくりしているようだった。


 だが、すぐに大和は涙目になっていた。


「なんでこんなことしたんだよ!俺たちのなにがいやだった?ちゃんと構ってあげなかったこともあったけど……俺、俺なりに……兄貴としてやってきたつもりだったよ!」

「……そ、そうじゃないの、ちがう……大和お兄さま、なにもわるくない……」

「俺のだめなところあったら言ってくれよ!」


 必死な大和に陽桜李はいっしょに泣きそうになった。今まで世話をしてくれた人たちにこんなにも心配をかけた。自分が楽になれることばかりを優先して、大切な人たちが悲しむことをろくに考えなかった。


(私は……なんてことをしてしまったのだろう)


「陽桜李、久しぶりだね。元気にしてた?」


 静かな声が自分の名前を呼んだ。


「琥珀お兄さま」


 陽桜李は大和の後ろにやってきた琥珀を見上げた。琥珀は変わらず優しい笑みを浮かべていた。


「少しやせた?ごはんちゃんと食べてる?」

「……うん……でも食欲があんまりないの」

「なくても食べれるだけは食べなきゃ、ね」


 琥珀に頭を撫でられて陽桜李はゆっくりと目を閉じた。


「……八雲、お父さまは……?」


 陽桜李は寂しく呟くと、探すようにあたりを見渡した。陽桜李の言葉に琥珀と大和は無言で顔を合わす。

 様子のおかしい二人に陽桜李は不安になった。


「……おい、どういうことだ?父上は危篤じゃないって?」


 風見が焦った顔をして屋敷から出てきながら言った。そして琥珀たちと一緒に居る陽桜李を見ると眉をしかめる。


「……陽桜李、戻るぞ」

「きゃっ!」


 陽桜李は思わず悲鳴をあげる。風見が強引に腕をひっぱってタクシーに戻らせようとしたのだ。


 その瞬間だった。琥珀が風見を軽く突き飛ばした。

 慌てて大和が陽桜李をかばうように風見の前に立ちはだかる。琥珀が冷めた目で風見をみていた。陽桜李は悪いと思いながらも大人しく大和の後ろに隠れる。


「まんまとだまされましたね。“風見先生“」


 琥珀が微笑みを崩さないまま穏やかに言った。


「さ、どうぞ。絹代おばさまがお待ちです……」

「なんだって?」

「いや、こればっかりは俺の提案じゃないのでどうかお許しを……」

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