9-1 忍び寄る影


 陽桜李は八雲邸の庭園を散歩していた。大和に今は家の中に居ないほうがいいと追い出されてしまった。絹代という女性の剣幕。あれを見れば大和の提案は正しい。だけど──陽桜李は八雲邸を振り返る。


 絹代と話をしてみたい。

 どうしてそう思ったのかは分からない。自分の周りには男性が多いからか。村には葵や汐といった女性も居るが、八雲は今だに遠出を許してくれない。八雲が言うには“まだ大人じゃないから”だそうだ。


 大人とは何だろう。どうしたら大人になるのか。

 陽桜李は背が伸びるのが早かった。兄たちによく抱っこされていたが今ではもう無理だと言われる。どうしていけないのかは教えられてない。悶々としてしまう陽桜李は首を横に振る。それよりもがっくりと落ち込んでいることがあった。


「琥珀お兄さまの朝ごはん食べられなかった……」


 ため息が重かった。琥珀の料理は絶品だ。朝食か夕飯の当番が琥珀と知ると八雲と大和はどこか嬉しそうで、それは陽桜李も同じだった。

 陽桜李は小さな池の周りを意味もなく歩き回る。小石を見つけては蹴り飛ばした。子供っぽい行動だ。陽桜李は絹代の口紅の赤色だけが浮かぶ。絹代が八雲に抱きついている光景が出てきて頭の中がぐるぐるとまわる。


 早く大人にならなければ──。八雲に認めてもらえない。


『──コズミノムスメ、ヨ──ワタシノ話を……』


 陽桜李は朝に聞こえた同じ声にはっとする。


「痛い……また、頭痛い……」


 息が苦しいのは頭痛のせいか。それとも──八雲のことを考えていたからか。


『……こずみ様の娘もずいぶんとお転婆なこと。本物のこずみ様を見ているようだ』


 陽桜李は自室で休もうと行く足をぴたりと止めた。庭石の上に腰の曲がった老いた男性が座っていた。黒い髪を手入れをせずにだらりと長く伸ばしたままだ。目元に隈があり青白い肌をしている。陽桜李ほどの能力があれば格好は関係なく、見ただけでこの世の人間ではないと分かった。


「……あなたは誰?」

『ゴホッ、ゴホ……』

「……咳?大丈夫……?」

『……これも”影彦様”のためだ……"兎山"の従者の私は後悔していない……でも……もう……』

「カゲヒコ?」

『坊ちゃまを、どうか……いさめてください』


 影彦の従者と名乗った男は痰の絡んだ咳をしながら苦しそうに言った。だが、その目は今の陽桜李よりも美しく真っ直ぐな色をしていた。


『黒い桜を切れるのはこずみの娘だけ──あなただけだ、陽桜李』

「……え?」


 切る。──誰を?



「俺はそのために陽桜李を生んだんじゃない!」


 八雲の大きな声が庭園まで響いた。陽桜李は思わず八雲邸のほうを見る。彼らの姿は見えなかったが八雲が激高している。


「……お父さま、また怒ってる……どうしたんだろう」


 不穏な空気を感じた陽桜李はやはり自分が邪魔者でも戻らなければとなる。また大人たちは自分が知らないところで自分の話をしている。陽桜李はなぞの情報を提供してくれた男に話しかけようとして振り返った。


「……さっきの人、居なくなっちゃった」


 男の気配はもう消えていた。


「……桜って……」


 風が吹く。それに気付いて陽桜李が真下を見るといつの間にか散りきった桜の花びらの山を踏み潰していた。陽桜李はどうしようもない悲しさにおそわれる。あんなに咲き誇っていた桜の木はもう緑色となっていた。


 ──まだどこかに桜は咲いているだろうか?


 ぶなんな理由をつけてみる。


「大丈夫、一人だって平気、少しお花見しに行くだけ……」

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