8-2 次男の帰還

 朝食時に家族全員が居間にそろっていた。今日はただ一人、妙な男が居る。耳塚風見みみづか かざみ。この二日酔い男の名前だ。耳塚家当主の次男。つまり自分たちの叔父であると陽桜李は大和に教えてもらった。


「風見先生、今回はどこまで行ってたんです?」

「ああ、恩師の葬式でイギリスまで。それと研究でフロリダに。あとは教授選なんかもあって……大学の派閥も俺の一族の跡継ぎ問題とそう変わらないな、めんどうくさい」

「相変わらず世界を飛び回っていて楽しそうですね」


 琥珀は風見を「先生」と言った。今日の朝食当番である彼は炊飯器からほかほかの白米を茶碗によそっている。「最近、こりがひどいんだよなぁ……」と肩をさすっている横で弓子がにこにこしながら琥珀を見つめていた。


「……先生?」


 陽桜李は隣に座っている風見に聞いた。


「琥珀はなぁ、俺の教え子だ」

「教え子?」

「お嬢ちゃんもさっき俺といっぱい勉強しただろ?」


 風見は陽桜李の頭をなでると耳元でささやいた。


「琥珀お兄さま、いろんなこと教えてくれる。据え膳食わぬは女の……」

「逆!それ逆!」


 大和がそれ以上は言わせないように急いで陽桜李の口を抑える。大和は八雲のほうをちらりと見た。八雲は新聞を広げていて顔は見えないが、両手は怒りで震えていた。


「父上、ちゃぶ台返しはしないでくださいね。せっかく俺が作った朝食、無駄にしたら怒りますよ」


 琥珀は慣れたように八雲を諭すのだった。


「琥珀、もうひっくり返せないようなテーブル買おうぜ、洋風のいいやつ」

「真剣に考えておくよ」

「……なぜだ?なぜ俺が悪者になってる?」

「八雲坊、せっかく可愛い娘が出来たんだからいいかげん神経質はなおそう、な?」

「誰のせいだと思っている!」


 八雲は「文字を読む気にもならん!」と一人で怒鳴ると新聞紙をぐしゃぐしゃに丸めてしまった。こんなにも落ち着かない八雲がめずらしい。陽桜李は一体どうしてしまったのだと不思議に思う。


「親父と風見おじさん……仲良かったはずなのに……。陽桜李、お前なにやっちゃったんだよ」

「……え……私のせい?」


 大和に言われて陽桜李は納得がいかないように首を傾げた。しかし気にせずにせっかく並んだ朝食をと「いただきます」と手を合わせる。その時だった。


 鍵が閉まってない玄関の戸が勝手に開いた。皆の手が思わず止まり視線が音の方へ向く。


「ごめんください。八雲様、絹代です。風見様はいらっしゃいますか」


 凛とした声が居間までよく響いた。


「……おい、まじかよ」

「今日は厄日だね」




「陽桜李!しゃがんで俺の後ろに隠れてろ!」

「どうして?」

「いいから!」

「ご、ごはん……おなかすいた……」


 大和に腕をひっぱられてまるで物を隠すかのような扱いをされる。琥珀は台所からエプロンをかけたまま居間にやってきて正座ですわった。風見はあぐらをかいたまま変わらない。異様な雰囲気に陽桜李はますます困惑する。


 陽桜李は大和の後ろからこっそりと居間の入り口を見た。八雲が立ち上がると目の前に髪を結いあげて切れ長の目をした美しい着物の女性が現れた。しわひとつない肌に口紅を塗った赤いくちびるが印象的だった。


「八雲様。襟が乱れてます。あとそんなに眉間に皺を寄せてはなりませんよ」

「あ、ああ……」


 陽桜李は「えっ」と声をあげそうになった。

 絹代と名乗った女性はまるで八雲に抱きつくような近さで彼の着流しの襟を直していた。しかもあの八雲が苦い顔をして彼女の言う通りにしている。さっと素早く八雲の格好を整えると絹代は食卓のほうをじろりとした目で見た。


「琥珀さん、なんです?そのアイロンもかけてないしわしわの服は?」


 絹代が厳しい声で琥珀に言った。琥珀はだんまりとしてうつむいている。


「大和さん、部活動ばかりにうつつを抜かしてはいけませんよ、お勉強しなければ大学には行けませんからね」


 大和は必死でうなずいた。陽桜李をかくまうことで一生懸命だった。


「……風見さん?本家に挨拶にも来ないで何処にいるかと思えばやっぱり八雲様のところに逃げてましたね。あなたはいったい何時になったら落ち着いてくれるのかしら」

「絹代ちゃーん、見逃してくれよ」

「なんですって?絹代ちゃん?ふざけた呼び方をするんじゃない!いい加減になさい!貴方たちそれでも耳塚家の男ですか!」


 絹代の勇ましい口調に全員の背筋が伸びた。陽桜李も見られてないのにも限らず、はっとして姿勢を正してしまう。


「……おにばばぁ」

「あいかわらずきっついなぁ……絹代おばさま」

「何かおっしゃいましたか?」

「いえ、なんでもないです」


 絹代に兄二人がすっかり参っている。陽桜李は唖然として開いた口が塞がらなかった。


「だれ?」

「絹代おばさま、父上のお兄様の奥さん」

「……だれ?」

「だから俺たちの叔母さん!」

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