恋墨桜の娘

恋墨と影彦


 自分は夢を見ているのだ。

 そう自覚できるのを明晰夢めいせきゆめという。


 陽桜李が目をあけると二人の男女が映った。


(……八雲お父さま?)


 昼の日が差し込む森の山を二人は歩いていた。

 深々とした黒髪の着物の男が八雲と瓜二つだったのだ。


劉条りゅうじょうお兄様……この話し合いに意味はあるのでしょうか?」


 女は息を切らしながら男に話しかけた。


「呪術師“兎山うさぎやま”家はやり過ぎだ。信者の数も増えてきている。このままでは二つの村もろとも滅ぼしかねん」

「しかし……そのような一族に、私たちの聞く耳をもつかどうか」

「なんだ、お前にしてはめずらしく弱気なこと。恋墨こずみ。少し疲れたか?」


 恋墨。そう呼ばれた女をじっくりと見る。

 彼女はどこか陽桜李と似ている気がした。腰まで伸びた長い漆黒の髪にぱっちりとした大きな目。普段ぼうっとしている陽桜李と比べると気の強そうな顔立ちだったが、成長するとこうなるのかもしれない、とふとおもった。


「……そうかもしれません。後から追います。どうせ私のような女は飾り物と同じでしょう」

「そうひねくれるな。お前もれっきとした耳塚の者。ずっと俺の希望であろう」


 劉条は恋墨に優しい眼差しを向けると森の奥へどんどんと進んでしまった。その後ろ姿を恋墨はため息をついて見送る。恋墨は劉条の人影が小さくなるまで確認すると、彼とは真逆の方向へ歩きだした。


「もう鬼百合おにゆり村、鬼百合おにゆり村、劉条お兄様ったらそればっかり。あんな人たち、放っておけばいいのよ」


 恋墨は頬を膨らませて言った。白の羽織を脱いで帯をゆるめると、凸凹でこぼこ道への足取りも軽快になった。恋墨は大人っぽい外見から少女のように楽しそうに笑う。好きに歩いていると恋墨の目の前に桃色の花びらが落ちた。


「……まあ、こんなところに桜?」


 恋墨は大きく顔をあげて山の桜の大樹を見つめた。そっと伸ばした手のひらに生きているように花びらがひらりと浮かぶ。恋墨は手に落ちた幾枚の花びらにふっと息を吹く。


「きれいね」


 花を持って帰ってしおりにでもしようか。劉条が読書をするときに使ってくれるかもしれない。プレゼントして喜んでくれる自分の兄の顔を浮かべると恋墨は嬉しくなり、ふふ、と自然に笑みがこぼれる。


 がさり。


 恋墨は物音にびくりと肩を震わせた。


「……誰?!」


 恋墨の鈴を転がしたような声が山の中で反響した。彼女はきっ、と音がしたほうを睨む。怖気づきもせずにすたすたと桜の樹のうしろへ行った。


「わ、わあ!」


 そして音の正体である人物の首根っこを思いっきり掴んだ。


「……霊ではなさそう、あやかしの類だったらよくも私を驚かせたわね!つかまえてお兄様に差し出してやるんだから!」

「ちょ、っちょっと待ってくれ!僕は人間だ!」

「どうだか?証明するものはございまして?」


 一見、劉条と比べると小柄な男であった。しかし恋墨は眉をひそめる。恋墨と年齢が変わらない少年のような顔をしているのに──白髪しらがなのだ。人間とは思えない。恋墨は早とちりしてしまった。


「桜を見てうっとりしてたら寝てしまったんだ!お、起きたら、き、君のような綺麗な人が居て去るタイミングを逃して……」

「……えっ……」


 恋墨の頬が赤くなる。綺麗などと、言ってくれるのは兄の劉条だけだ。村の者はお転婆な恋墨を恐れおののいている。胸がどくんと変に鳴ったのを知らんぷりして、恋墨はもう一度、男を険しい目で見た。


「……そんな気障な文句に騙されないんだから、さ、早くお兄様のところ行くのよ」

「か、勘弁してくれ!わかった、証拠ならある!桜が美しいと思った!君と同じだ!それではいけないかい?」


 白髪の男は土下座する勢いで恋墨に跪いた。顔も見えないのにそんな風に謝られると恋墨も押し黙ってしまう。


「……あなた、名前は……?」


 恋墨が聞いた瞬間、ひゅう、と風が吹いた。一緒にからかうように桜の花びらたちが舞い踊る。


「僕かい?僕は鬼百合村の……兎山──」


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