6-2 蝶の知らせ



 岸辺に植えられている桜の花びらが水面に落ちる。陽桜李は川一面をぐるりと一望して赤い靴を脱いだ。白い靴下をほっぽり投げて浅瀬に素足を入れる。目をつむって「冷たい!」とはしゃいだ。凍ってしまうと思ったのに水に慣れるとふしぎと足先がぬるく感じる。陽桜李はじいっと水底に目を凝らす。ゆらゆらといくつかの影が見えた。


「川遊びって歳でもないんだけどなんで俺らここに居るの?」


 大和が川に向かって言った。

 隣で佇んでいる父親の八雲に尋ねたつもりだったが彼はだんまりと陽桜李の様子を見ている。

 陽桜李は屈んで素早く動いている影を追っていく。陽桜李の目にスローモーションに見えた瞬間があった時、手を思いっきり伸ばした。ぬるっとした物体を掴んで水からあげた。


「お魚、捕まえました!これはきっとヤマメです」

「お、おう……たくましいことで」


 大和はおどろいた声で言った。「それ食えるの?」と興味津々に陽桜李に聞く。琥珀はそのあたりの岩場に腰をかけながら楽しそうに微笑んで二人の光景をながめる。


「今日は魚とりに来たんじゃない。逃がしてあげなさい」


 八雲はしかめっ面で首を振る。三人を自分たちのもとに集めると、ため息をついて話し始めた。


「ここはヒオリ川と言う。……かつては涙川という名だった」

「ヒオリ……?」


 陽桜李は首を傾げた。自分の名前と同じだ。


「……俺は昔、この川に或る女の骨を流した」

「ほ、骨?」


 八雲の突然の告白に大和はすっとんきょうな声が出る。


「ヒオリという女。陽桜李と同じこずみ桜の娘だ」

「ヒオリ……こずみ桜……」


 陽桜李はそう呟くと八雲の顔を見上げた。彼の着流しの袖をぎゅっと握る。だが、八雲は陽桜李のほうを見ようとしなかった。いつもそばに寄るとべったりとはしないが、そっと手を繋いでくれる。今日は八雲から余裕を感じない。なにか考え込んでしまって陽桜李のことは眼中にない。


「今日は大和も居る。琥珀にはすでに話してあったが、俺たち家族の今後を話し合いたい」


 そう言った八雲に子供三人の視線が集まる。沈黙が続く中で真っ先に大和が疑問の声をあげた。


「俺たち家族のこと?陽桜李はいわくつきなのはもう分かってるし、金持ち一族なら時々あることらしいじゃん?あ、あ、愛人とか……」

「……うやむやにしても仕方ない。ここではっきりさせておく」

「親父!まだ陽桜李には早いって!知らなかったほうがいい事だってあ……」

「大和、少し黙ってようか」


 大和は陽桜李の前に立ちはだかるように八雲の両肩を掴む。真面目な顔をしてしまっている大和に琥珀は苦笑して座るように言った。大和はしぶしぶといった感じに落ち着く。

 

 陽桜李はそうはいかなかった。うつむいてため息が出る。大和の隣で地べたに三角座りをした。


「陽桜李、この子は桜から生まれた子、人なさらざる娘だ」


 八雲は陽桜李から目を逸らして言った。大和は「えっ」とつい声がもれた。


「……桜?私がですか?」

「……ああ、黒い花びら、俺と陽桜李が出会った場所、覚えているだろう」


 陽桜李はすぐに光景を浮かべる。陽射しの下に落ちてくる黒い花びら。忘れたことはない。あの花が──自分の母親だと言うのか。


 八雲は陽桜李の兄となる大和と琥珀に対して言っているようだった。


「陽桜李、お前も薄々と感じてたことが、今こうして言われて分かっただろう。受け入れ難いことだ。だが俺が責任持って守る」

「……私は、ヒオリさんの、代わり……?」


 陽桜李は立ち上がって八雲を見あげると言った。


「その為だけに生まれたんですね!」


 ぱしっと力なく八雲の膝元を叩く。目から涙が溢れる。それはこの流れている川のように止まらなくなった。


「待て、陽桜李、違う」

「何が違うんですか!もういい!お父さまなんて知らない!」


 陽桜李はもういちど叩いて、一歩、二歩、八雲から離れていく。泣いていることがみっともなく思え、隠すようにその場から飛び出していった。


「おい!陽桜李!」


 あぜんとした顔で見過ごすところを大和が追いかけようとした。だが、あっという間に行ってしまった陽桜李に肩を落とす。


「……反抗期?痴話喧嘩?」

「駄目だなぁ、父上は……あいかわらず不器用なんだから」

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