5-1 ねがいごと、ひとつだけ


 夕日が橙色に落ちていく。あたたかかった風は昼とくらべて涼しくなった。

 先程まで軽薄な調子だった兼吉は深刻な表情をしていた。陽桜李は汐と手を繋いで三人である場所に来る。法花寺の墓場だ。ある一基の墓石の前に立つと兼吉は数珠を持ち、低く通る声で経を唱え始めた。難しく何と言ってるのか陽桜李には分からなかったが、真似して一緒に手を合わせる。 


 ──耳塚弓子みみづか ゆみこ


 そのような名前の墓の前でのことだった。


「耳塚……?!お父さん、この人って……」

「耳塚といっても本家とは遠縁の子だよ」


 困惑する汐に兼吉は落ち着いた声で言った。


「……この寺に駆け込んできたとき彼女はまだ十七歳だった」

「なんでうちの寺に?」

「妊娠をしていた」


 汐は「……そんな……」と声を震わせる。


「相手は誰だか言わなかった。責任を取らないといわれたから一人で育てると弓子ちゃんは必死だったんだ。お家に戻ったほうがいいと説得したんだが……」

「うちでかくまったってこと?!」

「い、いや、ちゃんと病院に連れて行ったんだ!体力も失っていたのにもう産まれる間近で……」

「ま……まさか、このお墓って……」


 汐の横で陽桜李は弓子の墓石を見つめた。陽桜李は弓子が大和に会おうと必死だったのを思い出す。

 どうして大和に自分の存在を見てもらいたかったのか。

 どうして大和にお弁当を作ろうとしていたのか。

 どうして……──。


「弓子、お母さん……?」


 陽桜李はしっかりと言う。

 自分も法花寺に来る前にふしぎな女の声に囚われそうになった。


 『オイデ……オイデ……』


 あの声の主は一体──。



「……ところで八雲さん、こんなにもついてこられると困っちゃうんですが……」


 兼吉は苦笑いをした。汐と同じ勢いで陽桜李は振り返った。すると他の墓石に紛れていた漆黒の着流しの男が現れる。


「ああ。わるい。尾行はどうも得意じゃないな。うちの娘は気付いてなかったようだけど」


 ずっと聞きたかった声がした。

 陽桜李は涙が出そうになったのをこらえて走り出す。陽桜李は八雲の足元をぎゅうと抱き締める。

 八雲はふっと穏やかに笑うと陽桜李を抱き上げた。


「え!八雲さんずっとここまでついてきてたの?」

「当たり前だ」

「お、親ばか……」


 八雲の突然の来訪に汐は驚いて言った。


「お父さま。弓子はどこへ?」

「……探しに行こう。心当たりはある」


 八雲が笑顔で陽桜李の頭をそっと撫でる。


「……私、家族、苦しめてる?」


 陽桜李は八雲の胸元に顔を寄せて、寂しく聞く。


「家族だから、いいんだ。少しくらい」

「……うん……」



 日が沈もうとしている。薄闇に染まった木々の葉が風で落ちた。

 上春村の無人駅。陽桜李と八雲はさびのついたベンチに座って電車を待っている。日に数えるほどしかない本数。陽桜李は駅の前の途中の商店で買ったアイスクリームを食べていた。


「……あたり」


 陽桜李はアイスの棒に書いてあった文字を読む。


「お父さま、あたりって?」

「ああ、運がいいな。またあそこのお店に行って今度もらってきなさい」

「アイスもうひとつくれるの?」


 ミルクのアイスクリームはとても美味しかった。陽桜李はベンチから地面につかない足を思いっきりぶらぶらと揺らした。

 ぷしゅーっと音がして陽桜李は顔をあげる。大きく四角い箱のようなものが動いて自分たちの前までやってきた。陽桜李がめずらしそうに見てホームから飛び出しそうになったのを、八雲は焦って抱き上げる。

 二人はそのまま電車に乗って行った。

 陽桜李は八雲邸から駅ひとつ分ほどの距離がある法花寺まで歩いて行ったのだった。いくら田舎とはいえ子供が歩くには大変な移動だ。誰も居ない電車内で陽桜李はうとうと眠くなっていた。


「お父さま、私のお母さんは……」


 そう聞こうとして陽桜李のまぶたは自然とおりていく。陽桜李は八雲の肩に寄っかかる。八雲は寝ている陽桜李のむぼうびな横顔を見つめた。


 陽桜李の真っ白の肌に窓から差し込む夕陽が当たる。八雲は頬杖をつきながら柄にもなく、無性に、泣きだしそうな気持ちになっていた。

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