3-2 消えゆく思い出




「母親は誰だ!吐け!」

「……」


 陽桜李はゆみこが何処に行ってしまったのか気になった。部屋を出て縁側の廊下を歩いていると、大和が慌てて追いかけてくる。

 陽桜李は庭園を見る。桜の樹のそばに一匹の蝶が飛んでいる。陽桜李の興味は一気にその蝶にいってしまった。

 春のモンシロチョウだった。サイズも大きい。陽桜李は嬉々として縁側から降り、手を伸ばして一発で捕まえた。


 そして縁側の下に置いてある或る物を取った。

 八雲がくれた虫かごだ。陽桜李が芋虫を木の枝と勘違いして何匹も捕獲して地面に並べているのを見た八雲が買ってきた。

 陽桜李は虫かごのなかたちを見る。

 

 黄色のモンシロチョウ、さなぎになっている芋虫、漬物が貯蔵されている床下で見つけたヤモリ。

 陽桜李の友達だった。ゆみこより仲が良い。


「な、なあ、まさか、嘘だろ?俺さ、親父は尊敬してるんだからさ、で、でも耳塚家に引き取られるってとき怖いなとも思ったよ、い、いつか泥沼なことが起こるんじゃないかって……おまえ座敷わらしだよな?人間じゃないよな?そうだよな?」

「ざしきわらし、ちがう!」


 陽桜李は首からぶら下げた虫かごを揺らして否定した。なぜか陽桜李は座敷わらしと言われるとムカッとくるのだった。その拍子に近づいた陽桜李の前に大和が手をかざした。


「いいか?俺に半径1メートル以内近づくな……」

「大和おにいさま、ちょうちょ、あげます」

「ギャー!虫!虫おれ嫌い!」


 ごほん、と咳払いが聞こえる。二人はびっくりして振り返った。恐ろしい形相をした八雲が目の前に立っていた。


「……まったく、朝からなんだ。大騒ぎして」


 大和はびしっと正座する。陽桜李もいっしょになって背筋を伸ばした。

 怒られる──。と二人の気持ちが共通したが、八雲は年寄りのように猫背で縁側の唐の椅子に座った。このまま二度寝しそうに眠たげだ。


「本当だよ。さっき寝始めたのに起きちゃったじゃないか」


 ふわあと欠伸をしながら、琥珀が起きてきた。大和は勢いよく立ち上がるとキッと琥珀を睨みつける。


「夜に寝ろ!人間は夜に寝るんだ!夜に寝ないのは妖怪と同じだ!この女たらし!」

「ところで……父上。台所の様子がおかしいです」


 大和をやんわりと無視し、琥珀は冷静に言った。三人の視線が同じタイミングで琥珀に集中する。


 八雲が最初にゆっくりと腰をあげると琥珀が案内した。大和が八雲の後ろに隠れるようにあとに続く。

 陽桜李は裸足のまま三人のあとを面白そうについて行った。



 ……トン、トン………トン。


 居間を通り抜けて台所へ向かうと、規則正しい音が聞こえてくる。


「……大和に、お弁当、作ってあげなきゃ、ね……ぐすっ」


 陽桜李は「あ!」と声を出した。行方がわからなくなっていたゆみこが台所の前に立っていた。まな板のうえになにもないのに包丁を刻んでいる。


「……包丁だけが……動いてる……」


 そう言うとみるみるうちに青ざめていく大和は、バタン!と居間の畳の上で卒倒した。


「地獄絵図だ」


 八雲は言いながら地の底からでも出したような大きなため息をついた。

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