3-1 消えゆく思い出


 陽桜李はあれから数日後。

 相変わらず無口ではあったが言葉をたくさん覚えていった。それは赤子が自然と喋りだすようにと。

 食事、着替え、排泄の仕方をも教えたのは八雲だったが、陽桜李は嫌がらなかった。


「陽桜李!起きて!」


 元気な声が聞こえて陽桜李は自室で目を覚ました。縁側のほうからチュンチュン、と鳥のさえずりが耳をくすぐる。


 陽桜李が布団の上にゆみこが乗っていた。

 自称友人のゆみこは霊だ。

 享年は十八歳と言っている。

 どうも陽桜李以外には見えないらしい。しかし八雲だけは時々、陽桜李にちょっかいをかけるゆみこをちらりと視線をやるとこがある。見えてるが見えてないふりをしている。


大和やまとが帰ってきたの!こっちに来て!」

「んー……?」


 陽桜李は無理やり腕を引っ張られる。襖を開けると外は日が明けてなくて薄暗い。眠たいまぶたをこすりながらゆみこのあとをついて行った。


 八雲邸は六間ある。八雲の書斎と寝室、琥珀と陽桜李の自室、あとは客間であった。あと一部屋はいったいなんであるのか、陽桜李は知らない。


「ね、この部屋、開けてみて」


 ゆみこはある一室にたどり着くと振り返り陽桜李に微笑む。言われた通りにそっと音を立てずに襖を開けてみた。


 陽桜李の殺風景な自室とは違い、その部屋は変わっていた。和室であるが窓際にはベッドと勉強机が置いてあり、壁には洋画のポスターが貼ってある。畳の上に服がちらばっていて、足の踏み場に気をつけながら陽桜李はベッドの前に立った。


「ーーぐーーがっ」


 短髪の黒髪に少年の面影がある男にしては可愛らしい顔立ちだ。白のTシャツにグレーのスボンの寝間着で、毛布もかけずにいびきをかいている。

 陽桜李は彼が"大和お兄さま"なのだと思った。


「まったくもう!毛布かけなかったら風邪ひいちゃうわよ!」


 ゆみこはふわりと浮かびながら大和の頬をつんつん、とさわる。すると大和はパチリと目を覚ました。


「……あ?………うん?なんだ?」


 陽桜李は大和をぼーっと見る。大和はまぶたを何度もパチパチとまばたき、陽桜李を凝視した。


「……ざ、ざしきわらし」

「ざしき、わらし……?」

「お、おおおんな、おんなが……ギャー!親父!助けてくれ!」


 大和は毛布をかぶって丸まった。

 陽桜李が座敷わらしにしか見えないようだ。陽桜李は座敷わらしがなんだか分からないがどこか馬鹿にされてる気がしてむうと口を結ぶ。


「大和ってね、女性が苦手なの!」


 ゆみこが隣で言った。


「ねえ、大和!私が見える?大和、大和ってば!」


 ゆみこはベッドの上に乗っかった。ベッドが揺れるたびに大和は「わー!うわあー!」とくぐもった声で叫ぶ。


「大和……私が見えない、の」

「うっ、ぐ……」

「……大和……やまと……なんでぇ……」


 陽桜李はハッとした。ゆみこの目からぽろぽろと涙がこぼれている。そしてゆみこの背後に大きく真っ黒な影が現れた。


 陽桜李はこの間の琥珀を思い出した。今は普通に屋敷内を歩いているが、それまで数日間、寝込んでいた。八雲にお手伝いとして頼まれて、何度も食事や薬を運んだ。琥珀はその度に笑いながらも息を切らしていたのだ。

 眠っているときは大和のような苦しそうな声を上げていた。


 ゆみこが赤い目で大和の毛布をはがそうとしたのに陽桜李の体が動いた。


「だめ」


 陽桜李はゆみこの手をおさえた。ゆっくりと首を横に振る。


「大和おにいさま、くるしそ、う」


 ゆみこが我にかえったように陽桜李を真剣に見た。


「だから、だめ」


 陽桜李はそっとゆみこの手を包んだ。スーッとゆみこの黒い影が消え去っていく。ゆみこはしょんぼりとした顔をすると、飛び出すように部屋を出て行った。


「……だ、誰だ?お前……なにを一人で喋ってるんだ?」


 大和が毛布から顔だけを出す。彼の顔はきれいなのだが、その姿は間抜けだと陽桜李は思った。庭の葉っぱにいる緑色の虫とよく似ている。


「ひおり、わたしは、陽桜李。大和おにいさま、よろしくお願いします」

「お、お、お兄さん?何言ってんだぁ!?」

「ふつつかな者ですが、ふつつか……?ふつつか、ですが」

「親父ー!親父!座敷わらしを祓ってくれ……え?人間?……妹?俺に?」


 大和はあんぐりと口をあけて陽桜李を見ながらこう言った。


「……………………隠し子?」


 陽桜李は黙って首を傾げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます