恋墨桜の娘

るる

黒い桜の樹の下で生まれた娘

1-1 陽桜李

 はらり、はらり。

 花びらが舞い落ちていく。

 少女がまぶたをあけると、目の前が真っ黒であった。

 視界が暗くなったのではない。

 少女の体の下の一面が、黒の花びらでいっぱいなのだ。

 ぐるりと仰向けになると、頭上からは紙吹雪のように黒い花びらが舞っていた。


***


 上春うわばる村には県内の旅館を経営する耳塚みみづか一族があった。

 耳塚一族には奇妙な逸話がある。

 初代当主である劉条りゅうじょうは自身が子を作ることができない体となり、様々な地域の孤児を引き取った。

 つまり末裔は孤児の子孫というめずらしい一家なのだ。


 現当主の正嗣まさつぐは老齢になろうとしている。当主争いが避けられない事態となっている現状だが、正嗣の息子の中で一人だけ蚊帳の外である人物がいた。


 正嗣の三男の八雲やくもは上春村の神社の宮司であり、”こずみ桜”の管理人であった。誰も名乗り出ないため自称をしているだけである。


 こずみ桜とは──上春村に咲く”子供を生む”黒い桜だ。


「……こずみ桜が子を生んだか」


 少女の耳元に八雲の低い声が響いた。

 八雲が少女のもとに近付いて行く。八雲は少女の体に張り付いた幾枚もの花びらをどける。そして抱き上げた。少女の雪のような白い肌に絹のような黒髪。見た目は十歳ほどだ。


 少女は八雲を一目みたかと思うと、こくりと眠りについてしまった。


 八雲は人形でも運ぶように少女を優しく抱える。

 

 地面に木々の新緑の葉が散らばり、それをかき分けるように歩いた。


 八雲はこずみ桜のあった裏山の出口に着くと、段差の下を見る。びゅう──と大きく風が吹き、八雲の深い黒の髪がともに揺れた。


 山から見える村の景色で八雲の屋敷はひと際目立つ。黒塗りの屋根瓦やねがわらに周りは塀を囲っており、荘厳な門がある。平屋ではあるがどこまでも続く横長い大きさで、庭園には小さな池があり鯉が何ぴきか泳ぎ回る。


 八雲は屋敷に戻ると、縁側沿いの長い廊下を渡り、浴室に向かった。風呂に湯を沸かして、少女を溺れさせないように、なかに浮かせる。しばらくして少女を取り上げると、シャワーで体全体を浴びせさせた。少女の髪の毛や体中についた真っ黒な花びらを流す。


「大丈夫だ、誰にもお前を殺させやしない」


 八雲は少女を大きなバスタオルで体を包んだのだった。



 こずみ桜がいつ植えられ、育ったのかは誰も知らない。しかし何百年も前からあることだけは伝わっている。こずみ桜は死を導くと言われ、村の人々から畏怖の対象となっていた。


 こずみ桜は枯れない。

 一年中、咲き続けている。

 

 不気味に思った役場の人間が伐採をしようとした。しかし伐採中に事故にあい、死者が出たのだ。心霊スポットとして見に来た都会の若者は、帰宅途中で交通事故にあい、全員死亡した。


 そんな話が出回り、いつしか人はこずみ桜を腫れものを扱うように、口にしなくなる。

 

 そしてこずみ桜のなによりも不思議なのは、花びらが真っ黒であることある。


 こずみ桜にはある怪異があった。

 数年稀に子を授かるのだ。どこからともなくこずみ桜の下に幼い子供が出てくる。

 最初は親が子を桜のもとに捨てたのだと思われていたのだ──。



 がらり、と襖を開ける音がした。

 八雲の長男息子である琥珀こはくが、もう昼時であるが、眠たげな顔をして居間にやってきた。しかし琥珀は自分の父親を見てぎょっとした。


 琥珀が見てしまったのは、艶やかな長い黒髪に透けるような色白の少女の裸体だ。バスタオルにまいてはいるが、それを八雲が抱えているのだ。


「琥珀、この少女になにか着せるものはあるか」


 八雲は表情を変えずに淡々として言った。琥珀はその八雲の動じなさが、逆に不気味であった。


「……家は男しか居ないですからね……女の子の服は……ちょっと……」


 琥珀は他にも言いたいことが山のようにあるが、冷静に八雲に返答した。


「父上、僕はこの病弱な身でお世話になっているため、貴方に対して一切の不満はありません。むしろ脛をかじらせてもらって感謝しかない。しかしですね、流石に女児に手を出すのは息子としても悲しく思い……」


 琥珀は困ったように眉を下げながら、自身の出自を懐かしく思う。


 琥珀は八雲の実子ではない。生まれつきの病弱を理由に裏山に捨てられた子供であった。

 八雲は耳塚家の初代当主の劉条の信念を神のように崇拝していた。八雲は劉条の孤児に出し惜しみなく金を使うというのをまねごとのように、捨て子の琥珀を育てたのだ。


 八雲は座布団を枕のようにして少女を寝かせると、琥珀のほうへ振り返った。琥珀は思わずひくりと喉を鳴らす。


「こずみ桜が子供を生んだ」


 八雲は真剣な眼差しで琥珀のほうを見て言った。琥珀は目をおおきく見開いた。


「……まさか」

「いや、朝方見に行ったら、この少女が居た」

「……本家に報告は……」


 琥珀は唖然として言った。


「いや、しない。この子は俺の娘として育てようと思う」

「……そんな、正気ですか!父上!」


 八雲は、すやすやと眠っている少女にもう一度バスタオルをかけてあげると、頭を優しく撫でた。


「……この子は、普通の女の子として生きて欲しい」


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