第59話 赤黒い鎧兜

 裂けていた空間は音もなく、まるで無意識に息を吞むように消えていった。あの時間の空気と言うものがプツリと無くなる。同時に俺の生存本能が悲鳴を上げた。


 (……ダメだっ)


 それは二つの理由で考えてしまった。

 一つ目の理由として、先ほどから戦っている赤黒い鎧兜。今までは裂け目が眼前にあったからこそ感じられた「希望」と言うもののおがけで、考えをほぼ放棄し、受け流す戦闘をしていたのだが――冷静に考えると、コイツ……相当強い。そして何よりも、一瞬にしてその「希望」が消えてしまった事による強烈な脱力感と悲壮感で、身体が動かないのだ。


 (今からコイツと……正面から戦う?)


 不可能。さっきの取っ組み合いで分かったが、この鎧兜。天使ハニエル並に強い。もちろんアスタロトが言っていた『いにしえの繋がり』を加味しての話だ。

 この精神状態で戦いは不利。ならば一度逃げれば良いとも考えれるだろうが――だがしかし、


 『終ワリ、ダ……』


 この鎧兜がそう言った瞬間、遠くからでも感じていた残酷な気。それが辺りに充満し始めて……。


 「……なんだ!?」

 『誰っ!?』


 俺達の直感が何かに反応する。しかし五感や霊感にも反応はない。何と言うんだろう……鎧兜以外の視線を感じる。誰かに見られている?

 そんな事を考えている内に、集落の外まで残酷な気は更に広がっていく。鎧兜は暗闇の声で、


 『【口寄クチヨセカオリ 黄泉醜女ヨモツシコメ】……』


 これが二つ目の理由。他の底からその残酷な気を見に纏うように、それは出てきた。青白い腐敗した皮膚の女性。骨は浮き出ており、蛆が皮膚を蠢いていて、生臭い匂いを放っている。

 見覚えがあった。初めて紅伊くれない達と出会った時に、彼女らを追いかけていたあの腐った女。それが……ザッと百体ほど地中から姿を現したのだ。


 (コイツ、鎧兜の手下だったのか……)


 俺の記憶が正しければコイツはとにかく速い。数秒にして山を登り下り出来るその速さ。前は不意打ちで何とか倒したのだが……今回はそれが百体ほどいて、更に鎧兜。


 (さっき食らった一撃が重い。この数【瘴神気ミアズマ】で押し切れるか? いや負ける可能性が高い。だが逃げても腐った女に直ぐに追いつかれて……)


 いや、俺達にはもう一つ移動方法があるはずだ。それも確実かつ一瞬なアスタロトの霊魔法。俺は直ぐにアスタロトに思考を共有したが、


 『え……。ここ神域だから【瞬間移動テレポート】使えない……』

 「は?」


 次の瞬間、音もなく目の前が長い黒髪に覆われた。それは酷くヌメヌメしており光沢がある。同時に右肩に突き刺さるような激痛。腐った女が音もなく一瞬にして俺達に飛び掛かり、俺の右肩に噛みついて来たのだ。


 「クソッ! 【瘴神気ミアズマ】」


 俺はソイツの首に【瘴神気ミアズマ】を展開。直ぐに首を切断する事に成功するが――しかしその頭部は離れなかった。


 (コイツ!?)


 『【腐食フショクツノ 戸毒トドク】』


 噛まれた場所の痛みが無くなる。しかし直ぐに分かった。全身が冷え静かになるこの感覚。思考が鈍り身体中から認識と言う概念が消え失せたよな……。


 『ヤバっ!? 直ぐに解毒を!』


 瞬間思考が加速を開始し、目の前の状況を再認識。しかしその時にはもう遅かった。視界は腐食の生き物が群がり波のようにこちらに迫る。逃げると言う選択肢を考える前に俺を飲み込んだ。

 暴れる腐乱臭が鼻と目を襲い、全身に至る場所に刺さるような痛みが走る。腐った女達が一斉に俺に噛みついて来たのだ。


 『『『【腐食フショクツノ 戸毒トドク】』』』


 プツンッ。

 身体から自然に無理矢理切り離されたよう。とての不快でもどかしい感覚を持ちながら意識が爛々とし始めた。目の前の腐った女が咥えているの……あぁ俺の肉だ。奴らは今俺の肉を食している。特に感情もなく美味しそうにも不味そうな表情もせずに……。

 

 そして俺の身体はバラバラに引き裂かれる。



 ❖ ❖ ❖

 


 とても奇妙な光景だ。なんせ今俺の眼前で腐った女の手により無惨に食われてしまっているのだから。


 『あ、クロム死んだよ。やったね』


 アスタロトが周りに散らばっている死体を漁りながら言う。アスタロト曰く新鮮な死体はまだ食べられるから、暇なので探しているらしい。何と言うか……調子に乗りやすいと言うか、バカなのかアホなのかやっぱアスタロトだなぁと思う。

 俺達が竪穴式住居に落下したあのタイミング。そこで俺達はあの赤黒い鎧兜にまともに戦っても勝てないと判断。それに何よりも目的は、裂け目に行くことなので、そこまで【黒煙ノ幻リューマ】を使い戦わせていたのだ。


 (結局は裂け目には間に合わなかったか……)


 それは何よりも残念な点だ。目的を達成出来なかったこの感覚はとても辛いものがある。しかし作戦自体は間違っていなかっただろう。あのまままともに戦っていれば、俺達は殺されていたのだから……。

 それにしてもアスタロトの霊魔法【黒煙ノ幻リューマ】。知ってはいたが中々の能力。まさかここまでの力があったとは思いもしなかった。


 『【黒煙ノ幻リューマ】は使い方次第でかなり化けるからねぇ~。この指、美味ッ!!』


 その力は幻と言うよりも分身に近い。しかしアスタロトは飽くまで幻と言っていたので……良く分からない点ではあるが頼もしい事には変わりない。良い能力である。

 そして現在俺達は【黒煙ノ幻リューマ】で作った俺達の死体がどうなるのかを観察中なのだ。この転がっている死体のようになるか、はたまた別のなにかになるのか。取り敢えずコイツらの目的が知りたい。

 しかしそんな時にもアスタロトは自由で、


 『ほら、クロムも食べてみなよ! 美味しぃよ!』


 と言ってアスタロトは、ビーフジャーキーのようになっている人間の手を差し出して来る。俺はあからさまに嫌そうな表情をしてそれを拒んだのだが、


 『好き嫌いしちゃいけないって習わなかったのか、お前は!』


 (いや、そう言う問題じゃなくて……)


 俺はそなアスタロトを横目に目の前で行われている惨劇を眺める。百人ほどの腐った女が急に現れたと思えば、一瞬で俺を制圧。現在内臓をばら撒きながら、血の混じった絶叫を上げている。対して赤黒い鎧兜は風林火山の如く、その場で一歩も動かずに無惨な俺を見下ろしていた。


 (今から不意を付けば勝てるか……?)


 否、不可能だろう。鎧兜と俺&アスタロトならばどうにかなったかも知れないが、奴に召喚系の能力がある以上こっちは圧倒的に不利。ならば一度死んだ事にして、今のようにやり過ごしながら、アスタロトのおやつの付き合いをしていた方が安全。

 因みに竪穴式住居に落ちた時アスタロトは、異様すぎる光景に混乱していたと思っていたのだが、実は単純に美味しそうな死体が大量にぶら下がってて歓喜していたと言う。まあ価値観の違いなので俺は否定する気は全くないのだが、その価値観を勝手に俺に押し付けるのは本当にやめて欲しい。

 

 「うーん、この辺は手足ばっか。あっちは頭しかないし……。柔らかい部分は? 柔らかい部分が食べたい!」


 柔らかい部分と言うのは尻や胸などの事だろう。一瞬「ウゲェ」と思ったが――確かに人間に柔らかい部分はそこら辺には落ちていない。どちらかと言えば手足と頭。背骨の辺りやそもそも骨しかない状態の物が多く、


 『美味いところと言えば、お尻とか、女性器まんことか、男性器オチンポとか、おっぱいとか……さっきから見つからねぇ』

 「……干からびたんじゃね?」

 『でも新鮮な肉も落ちてるよ、ほら!』


 と言ってアスタロトは地面に落ちている男性の生首を持ってくる。その表情は悲痛の一言。目からは未だ滴る涙。歪んでいる顎。垂れた舌。死ぬ間際まで、誰かに助けを求めたのだろう。

 

 『これ腐敗もしてないし、蛆も湧いてない。新鮮な目玉と脳味噌。脂の乗ってそうな舌。これは絶対に美味しいよ! あ、アレは絶対美味い右手首がっ!』


 そう言ってアスタロトは一目散にそちらに走っていった。本当に自由気ままな奴である。しかし確かに奇妙だ。さっきアスタロトの言っていた部位。俺は干からびたと言っていたが、干からびたのならその干からびた物がどこかに落ちているはず。小腸やその他の内臓は所々見かけるのだが……。

 そんな時、ガシッ。俺の右足を何かが掴んだ。しかしそれに全く敵意はない。弱々しくとても哀れに見える。実はずっと視界には捉えていた。性別は分からない。その痩せ細った身体に蛆の沸いた顔。両脚が切断されそこから流れる血はもうない。切断されてから恐らく一日は立っているのだろう。


 (まだ生きている奴もいるんだな……)


 「助け……ぇ。たせぇ……」


 俺は見下しながらそれを見る。この集落の奴だろう。とても哀れ。そしてもう助からない。俺が今からどうしようと俺にはどうしようも出来ない。だからぼんやりとそれを見つめる。


 「放せ、お前は助からねぇよ。……何があった?」

 「助け……助け……ぃ」


 俺の声が聞こえていないのか、自分の事しか考えていないのか分からないがソイツは同じ事しか言わない。するとアスタロトが向こうから帰って来て、


 『うん、美味しかった! ん、あれ、さっきの生き残りだ。殺しちゃえば? そうした方がその人も楽になれるよ』


 確かにそうだ。このまま助ける事も出来ない俺の足を掴んでいても困るし、情報も吐けないのなら生かす価値もない。つまりコイツはもう死んだようなもんで、殺した方がお互いに利益なのだ。

 だが俺としては、


 (なんで俺があかの他人を救わ殺さなければならないんだよ……)


 「知らねぇ奴に興味はない。ほっといてもあと半日だ。それまでじっくり苦しみ続ければ良い」

 『うへぇ~。慈悲深い私なら殺してあげるんだけどなぁ。私って優しいね。うんうん』


 そんな声を下らない会話しながら、その手を蹴飛ばし掴んでいた手を無理矢理とる。するとその人間はまたもぞもぞと動いて、別の足……今度は直ぐそこに落ちていた左腕に捕まって「助け……て」と言い出した。とても哀れ極まりない。

 すると【黒煙ノ幻リューマ】の俺達が完全に食われてしまったようで、そちらから声が聞こえて来た。俺とアスタロトは一瞬目を合わせてその腐った女と赤黒い鎧兜の会話を聞く。


 『侵入者ヲ捕食シマシタ』

 『……ゥゴ苦労』

 『デハ外ノ者達モ』


 (外の……者ッ!?)


 その言葉に心当たりしかなかった。赤黒い鎧兜がその俺達が入ってきた場所を向いて、


 『……六カ』


 俺は動揺する。六人と言う事はアイツら以外に有り得ない。俺が少しだけ息を荒くしていると、アスタロトが背中をポンとして来て、


 『私達はこのまま【黒煙ノ幻リューマ】で隠れて様子を見よ。もしかしらまた裂け目が開くかも知れないし』


 そうだ。俺は飽くまで元の時間に帰る事が目的なのだ。アイツらがどうなろうがしったこっちゃない。それに……。


 (俺はとっくにアイツらを見捨てたじゃないか……)


 俺は自分自身にそう言い聞かせ、再度鎧兜達に目を向ける。と、同時に地面から膨大な、目の前の鎧兜と同程度の力をもった何が上がって来て――それは巨鬼だった。赤と黒の皮膚にギラギラとした白目。長い光沢のある爪に発達した筋肉。そして何よりもその巨大な角と牙。


 (……まだ強いのが増えるか)


 『あ、アイツっ!?』


 突然アスタロトが焦りと興奮が混じったようなキーンとした声を上げる。

 

 『アイツだよ、アイツ! 田んぼ荒らしの犯人! 私を襲って来て、濡れ衣着せた野郎だよ! 私なんもしてないのに、悪くないのに!!』

 「……」

 『よし、アイツぶっ殺そ!』


 と言ってアスタロトは真っ直ぐアイツらの方向に向おうとしたため、俺が殴って抑止。『痛ェ! アイツ私の敵! 敵ィいい!』と暴れるが気にしたら負けだ。こう言う時にアスタロトは構っているだけ無駄。

 すると巨鬼が、


 『アイツラハ我ガ殺ル』

 『……何故、ダ?』

 『炎雷ホノイカズチノ命令』

 『ガガ、ヴァ……』


 赤黒い鎧兜は不満そうな声。

 巨鬼は続ける。


 『ソレト宮様が……』

 『……?』

 『我も良く分からないが、先で天照大御神アマテラスオオミカミが死んだらしい』


 (は?)

 

 『……ヴィルル。宮様に詳しく聞かねば』

 『デハ我ハ六匹ヲ打チニ行ク』


 そう言うと巨鬼は大きな音を立てて、のしのしとその方向に歩いて行き、鎧兜は何やら術を唱えている。しかし俺は思考が色々追いつかない。今まで起きた事や巨鬼が行った事。これから俺はどうすれば良いか、それらがグルグルと回り――するとアスタロトが飛び上がって、


 『ムキィイイ! あの鬼野郎ッ!! クロム作戦変更!! アイツ殺ろ!! ぶち殺してやるッ!!』

 「お、おい、落ち着――――」


 瞬間地面がまるで水になったように。そう本当に一瞬だった。身体が急降下する。地面に身体が吸い込まれる。


 『え、クロッ!』


 俺は地面の中に落ちていった。








 ――――あとがき――――


 お久しぶりです。

 いやー。




 【宿題が終わったァアアアアッ!!】



 ぶっぶぶうっぶぶう!!

 ふぉいいおfhhさはあいおあじょjfkfj

 じfjきshfklはいh。


 って事で復活です。

 皆さん元気でしたか?

 私はエヴァを見て興奮してました。


 今から読み漁ろうと思っているのですが、知らん間に色んな作品が出てきているようで……今から楽しみです。


 まぁ要約すると、


 宿題が終わったということです。

 


 では、  


 次回も、


 サービス、サービスゥ!!

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悪魔の||:ヴェリー:||交響曲《シンフォニー》 〜漆黒ノ天使と復讐の契約者〜 歌夛音よぞら @yozora10195

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