第35話 日本神話と聖書

 ただの雲一つない青空。それがとても愛おしく感じる。

 俺は湿った落ち葉の上に寝転がりながら思った。 

 周りには緑色の木が生えているか、茶色の木が生えているか。それか何も付いていない木が生えているか……。

 そして一つの堕天使。それは俺に言った。


 『……身勝手に生命を殺す。今クロムがしたことはどうなの?』


 (……お前がやれって言ったんだろ)


 正直腹が立った。初めてアスタロトを嫌悪と疑念を抱く。


 そんな事よりも確かに俺が恨んでいるのは天使。そして数多の神。

 神はどの聖書や書記にも……事実、我々をただ見下ろしている存在。そして気に入らない事があれば、排除する。

 神罰だ。試練しれんだ。とかほざいて。

 「バベルの塔」、「ノアの箱舟」などは良い例だろう。

 自分たち神々が気に入らないと思ったその瞬間から、俺たちに罰と言う身勝手を下す。俺はそれが気に食わなかった。


 だが今アスタロトは言った。


 ――――他の奴らは?


 そう考えた瞬間とき、ある一つの疑問が生まれた。


 (ここは日本。主に”神道”を……八百万やおよろずの神を……。しかし俺を狙うのは天使。つまり”聖書”……。何故日本に……?)


 そう考えた時、自分の考えが矛盾むじゅんした。


 (気に入らなければ排除する……。聖書の天使、そして神はそうした。しかし神道の八百万やおよろずの神はどうだ? 今日本で起こっているこの事をどう思っているんだ?)


 それは幾つかの考え方が出来るが……。


 一つ目、興味がなくただ見ているだけ。

 これは俺の先ほどまでの、点綴的てんていてきな神の考えそうな事だろう。

 二つ目、その件は黙認もくにんしている。

 これも一つ目とよく似ている。今までの神の考え方を考慮こうりょすればの話だが……。

 三つ目、そもそもこの事態を把握していない。

 それはほぼ無いに等しいだろう。

 八百万やおよろず……これは八百万人はっぴゃくまんにんと言う意味ではなく、無限と言った方が良いのかも知れない。全ての物や現象には神が宿っており……と言う考え方だ。

 流石に全てではないが、数々の物や自然現象には神々がいるのも事実だ。……つまりこの雑木林一帯にも、そしてあの地下施設を含む街にも。ならその八百万の神々を通じて、上の階級の神にもこの事は届いているはずだ。

 四つ目、神道と聖書が手を組んでいる。

 これもないだろう。もし組んでいたとしたら俺は八百万やおよろずに直ぐに見つかってとっくに死んでいる。

 

 そもそも神道の八百万の神にとっては、自分の土地……つまり日本に聖書などの者が勝手に大暴れした……。そう解釈してもおかしくない。いや解釈するはずだ。あの火災旋風の規模ならば。


 (じゃあ何故、神道の神はなにもアクションを取ってこない?)

 

 そう考えた瞬間とき――――。


 一つの賭けな考えが思い付いた。

 それは凄く外れた考え方なのだろう。しかし、もしかしたら良い方向に進む可能性がある。

 例えば――――。


 ――――神道との結託けったく


 まだ日本の神々が何を考えているのかは分からないが、それでも価値のある……。

 そして俺はニヤリ笑い、上半身を起こす。


 「決めた……。今からの行き先……」

 『……何処に行くの?』


 なら本人に直接聞けば良いことだ……。


 「行くぞアスタロト……神宮じんぐうへ! 天照大御神アマテラスオオミカミに会いに――――」



 ◈ ◈ ◈



 俺が雑木林から出ると既にミズチたちが到着していた。

 因みにアスタロトは『ルシファーに報告して来るッ! 因みに私は嫌だよ! 絶っ対天照アマテラスに会いたくない!!』とか言って、そのまま行ってしまい……。俺は匍匐前進ほふくぜんしん凄く頑張ってでここまで来たのだが……。

 

 「クロム。はよ乗れ。ミミズ見てぇに地面でバタバタしやがって……」


 俺はその言葉に少しムカッと来たが、そんな事よりも、


 「……良く戻ってこれたな」


 と謎の感心。

 対してミズチは何とも言えない表情をして、


 「……帰りは俺が運転したに決まってるだろ。榊原がここまでこれると思うか?」

 「……確かに。理解した」

 

 そしてミズチは俺を引き上げ――――車内から「あっ!」っと言う声。その声に俺の全身から鳥肌が立つ。それは悪寒。異常事態だ。


 「……一人増えてないか?」

 「気のせいだ」


 いや……しかしあの長い黒髪は……。どう考えても……。


 「いいや、絶対増えてる」

 「気のせいだ」


 するとそいつが俺に気付いたようで、車の窓を開けて、


 「クロム君! 久しぶり! エヘへ」


 そう、彼女。いつもの学生服。日下部結子が、何故か車の中にいたのだ。俺は吐しゃ物の方を向いて「何で連れて来たん?」と視線を送る。

 すると吐しゃ物は、


 「榊原が運転していた。車が日下部の家の前を通ってなぁ。そして日下部も俺たち気付いて……。分かったか?」

 「分かんねぇよ!!」 

 

 俺はミズチに大声で叫ぶ。それに「偶然」と言う言葉と「何故か」と言う言葉を妙に強調しているので、恐ろしく怪しい。

 ミズチはそんな俺を尻目に、車の扉を開け、後ろに座っている結子の方に、


 「ちょ!?」

 

 ミズチは俺を投げ飛ばした。

 俺は車の中で宙を舞い……顔面に柔らかい感触が……。


 「びゅ!?」

 「きゃ!? クロム君……エッチ……エヘヘ」


 (はぁ? 今コイツ何て言った? 俺が何かしたか? 俺がそんな……)


 俺は顔を上げた。すると目の前にはワインレッド。そして緑色と白の世界。

 ……とても弾力があり柔らかい。凄く気持ち良い。


 (こんなクッション。車の中にあったか?)


 俺はそれから頭を……そして死んだ思考が回り始めるのと同時に……上を見て……。

 そこには如何にも……そして何故か気持ち良さそうな、顔を真っ赤にした女の顔が……。


 「ヴぁァォ……?」


 それは声にならない声。絶望の声。それは俺の喉からほとばしる。

 そして状況を認識し始める。ミズチに投げ飛ばされ俺が着弾した場所。それは彼女の胸。つまりおっぱいだ。


 後ろで投げ飛ばした本人は「フッ……」と鼻で笑い、車の中のドアを閉める音がする。いつもなら何か言っていただろうが、状況が状況。

 まず一番初めに考えてた事は、


 (あぁ……。何でコイツのおっぱいなんだろ? 違う女おっぱいだったら、俺は幸せだったんだろうなぁ……)


 俺だって男……おとこだ。おっぱいが好きだ。漢がおっぱいが好きでなにが悪い。むしろ好きじゃない奴は頭がおかしい思う。そいつは漢じゃない。チンポを切り落として去勢きょせいしてやりたいぐらいだ。まあ強いて言えば、俺は尻の方が好きだが……。


 (いや、違げぇよ! 問題は着弾した人物だ!)


 しかし勿論それは人を選ぶ。

 例えば俺はババアの裸を見ても何も感じないし、全く興奮しない。

 それと俺は見た目よりも中身を重視する人間。つまり彼女には全く興奮しない。よって彼女のその爆乳とも呼べるおっぱいは、俺にとってはフワフワのボール同然だ。

 

 しかし状況は宜しくない。むしろ最悪まである。

 なんせ俺の顔が彼女のおっぱいに突っ込んで行ったのは、紛れもない事実だからだ。俺は全身から鳥肌が止まらない。


 (……こんなヤンデレ肉便器メス豚にィ嫌ァアア!!)


 そしてあれこれ考えた結果、俺の口から出て来た言葉は……。


 「違います」


 すると彼女は相変わらず顔を赤く染め、目をキラキラさせながら、


 「いいえ、違わない」


 その顔は凄く幸せそうだ。対して俺は喉元を掴まれるような感覚。

 俺は平常心を保つのに必死になりながら、彼女の隣に座り……。その瞬間、前の席から追い打ちをかけるように、


 「……変態」


 男なのか女なのか性別は気にしては行けない無言の人。柊さんがボソッと呟く。普段あまり喋らない人が喋る時は、大抵重要な事が多いが……。


 (……ソレハ結子二言ッタンダヨネ?)


 俺は死にたくなる気持ちだった。



 ◈ ◈ ◈



 そんな現実を見ていると、前の運転席の方からミズチの声が、


 「で、みんあこれからどうする? 正直俺は山の中で身を隠したいが……。それにあの人の足取りも……」

 「そうだよ。私も付いて来た良いけど……。何処に行くの?」

 

 俺はその言葉で現実に戻り、


 「ぁ、あぁ……! 行き先は決まったぞ!」

 「……何処だ?」


 ミズチがこちらに振り向いて聞いてくる。

 俺はニヤリと笑い、


 「神宮じんぐうだ」

 「はぁ……神宮? どの神宮だよ? てか何しに……」


 (……あぁそうか)

 

 神宮じんぐう。それは”伊勢神宮”の事だ。

 そもそもあそこの正式名称は”神宮じんぐう”であり、伊勢神宮と言う名前は伊勢にあり、他の神宮と区別するため……。それだけの理由だ。

 そしてそこは天照大御神アマテラスオオミカミまつる場所。

 天照大御神アマテラスオオミカミは日本の神々……八百万やおよろずの頂点。

 日本をべる神だ。


 「伊勢神宮だ」

 「……なにしに行くんだよ? 三重みえ……。そんな所……」


 当然の疑問だと思う。


 「天照大御神アマテラスオオミカミに会いに行く」

 「「「…………は?」」」

 

 三人の声が重なる。

 ミズチ。結子。榊原さんだ。


 「え、ちょっ……天照に会いに行くっスか!?」

 「あぁ……。良い方向に進めば、俺たちの味方になるかも知れない」

 

 すると隣であたふたした結子が、


 「何か勢いで来ちゃったけど……大丈夫なの? ……天照?」

 「知るか」


 俺は適当に答えた。

 そんな不安をぶつける二人に対してミズチは、


 「……なら途中で名古屋なごやによりたい。それに石雪組の上の人に俺の生存報告ぐらいはしときたいからな」


 そう言うとミズチは車のエンジンを入れる。

 俺は意外だった。


 「フェリーも出ているだろうが、俺は船酔いが酷いからだめだ」

 

 ミズチは普通に言う。


 「良いのか?」


 俺はミズチに問う。するとミズチは神妙な顔をして、


 「どうなるか分からない。……でもこのままだと状況は変わらない。先手を打つんだ。……分かったか、クロム?」

 「あぁ……」


 俺はニヤリと笑って言った。


 「じゃあ取り敢えず目的地は名古屋の中村区。そして伊勢神宮だ」

 「あぁ!」

 「……クロム君が行くなら。私も……。あれせいでの学校もないし……エヘへ」

 

 そして車は走り出す。名古屋に向かって。神宮に向かって。

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