第14話 機械仕掛けの神
クロムは獣のように走る。大きな理由はない。ただ自分のために。守るために。結菜を守るために。
(……失ってたまるかッ!!)
――――ドクゥンッ。
深く、深く。
黒く、黒く。
ドス黒く、ドス黒く。
(失って……?)
――――ドクゥンッ。
憎悪が目を覚ました。
クロムの意志が深淵と繋がる。
ただの残酷で身勝手で自分勝手な――ソレが漏れ出す。
――――ドクゥンッ。
狂気で残酷なソレが。
◈ ◈ ◈
◈ ◈ ◈
「きゃァアぁアアあああっ!!」
目の前の女子高校生が悲鳴を上げた。これはいつもの光景だ。既に死亡しているここの人間も、悲鳴を上げて死んでいった。
だが今のこの悲鳴……。いつもとは違う感覚。まるで身体の髄に響くその悲鳴。
その時気付いた。
(……身体が重い!?)
毒ガス作戦――とも一瞬考えたがそれにしてはおかしい。毒ガスを使用するのであれば、目の前の女子高生はどういった意味が? そもそも女子高生は、毒ガスの対策を何もしていないようにも見える。ならばこの女子高生は
そんなこんなを考えてるとか、その女子高生が向こうに逃げ――するとその女子高生はその場で転んでしまった。
「っ、今だッ! 周囲を警戒し、その子を取り押さえろッ!!」
俺は即座に命令を下す。なぜここに羽束之宮の女子高生がいたのかは分からないが、何かしらの情報は持っているはずだ。
豊明が、一瞬にして女子高生に飛びかかる。女子高生は暴れるが……拘束成功だ。
「敵の動きは?」
しかし油断してはならない。陽動作戦と言う事もあり得る。俺たちがこの女子高生に気が向いている間に狙う、と言う作戦。
俺は辺りを見渡した。俺たちは今広い廊下を占拠している。目の前にはT字路。
「後方、敵なし」
後ろからの奇襲とも考えていたが……特に何も仕掛けて来ない。
そして一人の部下が、T字路の左側に移動。そして右左を慎重に、そして素早く確認して、
「前方、同じく敵な――――」
――――グシュゥ。
それは聞きなれない音だった。どんな音と聞かれれば、いきなりだったので思考が真っ白になる、そんな音。その音はその部下の声に被せるように響いた。……T字路のその方から。
すると――ドサッ。その部下がその場に倒れる。
「……なっ」
どうした――と脳内で叫んだが、それが声に出る事はなかった。ただ目の前の状況に思考が回らない。追い付かない。
部下が倒れる事。これは緊急事態だが、なのでこう言う時こそ冷静になり、周りを良く見て、次の行動を考える。
だが今目の前で起こっている事。
(――頭が)
それは――部下の頭が宙に浮いていた。そして首から下を失った身体は、首部分から大量の血液を流している。
頭が回らない。目の前の怪奇な光景に身体が震え始める。恐怖心が身体を飲み込む。
するとその頭が少し上に……。
(……?)
いや良く見ると――T字路の死角から手が出て――その頭を持っている。右手、それは血塗れだった。
そして一方の手も死角から伸び……両手でその顔面の頬持ちを死角の方――左に向けて。
「……フフフ。……フハハ」
死角にいる人物の――小さな嗤い声が聞こえて来た。男、しかし少し幼いような声。その声に、光景に鳥肌が立つ。
すると今度は、その生首がこちらを向いて――それを少し揺れながら、
「前方、同じく敵な……フフフ。前方、同じく敵な……ァハハ。前方、同じく敵な……ッフヒヒ」
まるで生首が今喋っているかのように――その死角の人物は嗤いながら言う。まるで人形ように。その光景は狂気そのもの。
そして我々と、首が切断され殺された部下を煽っているのだ。
「……ッ」
そう考えた瞬間、怒りが恐怖心を飲み込んだ。
我々は殺人者だ。殺人者で構成された部隊だ。だから殺しても失うものはない。だから殺されても仕方がない。
しかし目の前のこの光景はなんだ? 一緒に食事を、訓練を、共に戦った仲間を……あっけなく殺された。
いつもならしょうがないで済ませただろう。しかし目の前の光景は……ッ!
「姿を見せろッ!!」
気付いたら叫んでいた。まだ頭は真っ白だ。
しかし感覚が言っている。全身が言っている。俺が――殺さないと行けない。敵を取らなければならない。
俺の中の殺人者が覚醒する。
妻を殺した時も似たような感覚だった。
それは”正義”と言う名の使命感。悪を殺す。それが俺だ。俺たちだ。我々だ。
すると死角からまた声が聞こえて――――。
「【
(――――!!)
世界が停止する。実際には停止していないのだが、身体がそれを感じ取った。――逃げろ。
しかし身体には伝わらない。動かない。動けない。
身体の震えが止まる。精神は極限状態の更に奥に突き進み、震えが止まったのだ。身体は石のように動かない。
するとその死角にいる敵は、左手で生首を持ち、生首の顔面を下に向けた。
そして、
――――グチュグチュ。
何を思ったか、その生首の首断面に、右手を入れ始めた。異様な音が静かに狂気を奏でる。そして生首の口から指が見えて――もう一度こちらを向き、
「前方、同じく敵な……ヒヒィ。前方、同じく敵な……」
まるでその生首をパペット人形のように、パクパクと口を、指を動した。まるで本当に生首が喋っているように。
それはただの狂気。その光景に、我々を恐怖させ壊す効果は十分にあった。
そしてまたその生首の口が動く。
「あぁ、姿を見せろ……か」
(や、やめろ……っ! 出て来るなッ、出て来るなッ!!)
俺は心の中で絶叫する。姿を見せろと言った事を後悔した。
恐怖がそこにいる。絶望がそこにいる。目の前を左に曲がった死角にソイツはいる。部下の生首を
考えるだけで……。
そして生首の口がが左の壁を掴むようにして――「ペチっ」絶望の狂気が姿を現した。
人間。それは人間だった。もしかしたら人間ではないかもと言う境地の希望は、黒く塗りつぶされる。
やや長い黒髪、前髪に赤のメッシュ。声を聞いていなければ、男だと認識する事も不可能なほど、美顔。その人間の姿は恐怖の根を伸ばした。
そして右手には部下の生首が収まっており、何故か左足がなかった。先ほどから裸足の右足でピョンピョン飛びながら、T字路の中心に向かっている。そして最後に黄色い光を発する、月光のような瞳。
それは呟いた。
「左足がねぇから、立って出るだけでも見っともねぇ……。妖怪の
妖怪、人間、化物、頭の中で縦横無尽に駆け巡る現実逃避の言葉。しかしその意味まで考える事はない。考える前に砕け散る。そして絶望の闇に吸い込まれる。
「ん、ギャグセンス足りなかったか?」
目の前のソレは顔をしかめる。本気で困った顔をしていた。まるで自然に。ただ自然に。人間の姿をした恐怖は顔をしかめていた。
するとソレは急に「あっ」と言う声を上げ、そして右手を顔の横まで持ち上げ、
「前方、同じく敵な……。フフフ……傑作だよなぁ。コイツの目ねぇんじゃねぇか? 見落としやがって……」
またその部下の生首を、パペット人形のように口をパクパクとさせて、軽く嗤いながら言う。
そしてソレその生首の顔面――瞳に、左手の指をゆっくり持って行き――グチュ、グチュ。一個づつ、その目を潰した。その両目から透明な液体が流れ出ている。
無防備に等しいその光景。それはこれまでにない程の煽りだろう。しかし俺は動けない。声も出せない。命令も下せない。笑えない。
手を出す事が恐い。恐ろしくて仕方がない。この狂気が恐ろしくて仕方がない。身体に杭が刺さる。
「どうした? 姿を見せろって言われたから、出て来てやったんだぞ? ピョンピョンしながら……」
ソレは呆れ顔で言う。
対して俺は何も言えない。言ったら、死よりも後悔しそうな気がして、恐ろしくて。身体に突き刺さった杭が心臓にめり込んだ。
「もしかして恐いのか、怖気づいたか? うーん、何で? まだそっちが優勢に立ってるんだぞ? そうだ……」
するとソレは両手を胸の辺りまで上げ、そして手をグーにし、
「ニャンニャンっ!!」
ソレは無邪気に言った。
「どうだ、可愛いか?」
ただ言ってる。聞いている。声を出している。それだけ。
しかしその光景は、俺の何かを破壊するだけの衝撃があった。狂気が身体を侵食し、心臓に杭を打ち付け、弾け飛ぶ。
口が勝手に動いてしまった。
「ぉ、を前は、な、何だ……っ! 何が、も目的。だあッ!?」
俺は絞り出した何かを叫んだ。もう自分も分からない。ただ後悔する。
姿を見せろと言った事も、ここに来てしまったら事も、訓練をしていた事も、組織に入った事も、妻を殺した事も、妻とSEXをした事も、妻と結婚した事も、俺が生きて来た事も、俺が生まれた事も、俺が存在した事も。……ただ後悔した。
対してソレは憂鬱そうな顔をして、
「……最近、その質問多いなぁ。俺ウンザリしてるだよ……。ウザイ。二度と質問してくるな」
その声色は――怒り。恐怖が飲み込む。声を発した事を後悔した。
そしてソレは……雰囲気が変わった。静かになる。ただ静かに。その雰囲気だけでも、生き物を殺せるぐらいの。
「あぁ、俺の目的……? あぁそうだ、そうだよ、目的っ!! 目的だよ!! 完全に吹っ飛んでた……」
静かに、その月光の瞳は俺たちを睨んだ。それは先ほどまでの狂気とは違う。
「なぁ、お前らさぁ……覚悟は出来てるよなぁ? 結菜に手を出した……」
月光の瞳は憎悪に輝く。
絶望は憤怒の雄叫びを上げる。
「俺の……結菜を――俺のもんを返せッ!!」
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