第13話 言霊の呼び声

 私、豊明美月とよあけみつきは七年前に人を殺した。その人は上官だ。ある日部屋に呼び出され、上官は私を犯そうと――だから殺した。腰に携帯してあった拳銃で……。


 ――後悔は?


 刑務所で言われた言葉だ。私はもう一度あの状況に陥る事があるのならば――また撃つ。そう答えると刑期をなくす変わりに、ある組織に入ってくれと言われた。

 だから私はここにいる。二台の黒い大型車の中。武装をして、選ばれた達とここにいる。


 「――でなにか質問は?」


 作戦の最終確認が終わり、今回の現場指揮官である近藤鞍馬こんどうくらまが皆に質問を問う。

 しかし私としては、それよりも、


 (今回の作戦……どういった意味が?)

 

 やる事はいつもと変わらない。ただ悪を殲滅する。治安を守るために。

 しかし今回はどうにも引っ掛かるのだ。


 今回の作戦内容は、違法建築された地下三階建ての施設を制圧する事。地上一階喫茶店の裏路地に階段があり、そこから侵入。あとはそのまま下に行くだけ。

 下水道から地下三階に入るルートもあるが、そこは出入り口が小さくて一人と通る事がやっとの梯子。とても現実的ではない。

 ちなみに下水道への出入り口は、予め外側から塞いでおく。逃げられないようにするために……。徐々に上から追い詰める。それが今回の作戦。たったそれだけだ。


 今までも制圧の命令はよくあった。市民にバレないよう、その場所や地区を制圧。ビルを丸々制圧すた事もあった。

 しかし、


 (……殺す。)


 あまりにもド直球な言い方に少し動揺している。今まではしょうがなく殺す事はあったのだが、本当に殺しても良いと言われたのは初めてだった。どんなに危険なミッションでもこんな事はない。

 ――それも今回は、人を殺す事を肯定こうてい推奨すいしょうするような言い方。


 「人間は……どうするんですか……?」


 私は恐る恐る指揮官に聞いた。すると車内の空気が一瞬にして重くなる。ただでさえ重い空気が更に。

 すると指揮官は十秒ほど沈黙した後、


 「制圧、それを心がけよう。……いや、今のは忘れてくれ。こう言うのはハッキリさせないとダメだよな……」


 すると指揮官は息を吐き――覚悟の決まった顔をして、


 「目的はあくまでも制圧。それ以上もそれ以下もない。抵抗する者は殺す。逆に抵抗しない者は生かそうと思う」


 彼は私を見て言った。その瞳は震えている。彼にも色々な葛藤があるのだろう。人を殺したくはないと、その瞳は言っている。

 彼は出来るだけ殺したくないのだろう。

 対して私は――嬉しかった。


 「了解」


 (人を殺す……人を殺す……。人を……。悪を殺せる……)


 あの日、上官を撃ち殺した時から思っていた。

 ――悪い奴は死ねば良い。

 上官は私を犯そうとした。強姦レイプしようとした。だから悪い奴だ。死んで当然の存在だ。後悔はしていない。私は正義だ。


 そして目的地に着いた。悪の本拠地に。



 ◈ ◈ ◈


 

 「指揮官。本当にただの住宅街に……少し行った場所に大通りがある程度ですが……」

 

 豊明美月とよあけみつき。俺はコイツが少し恐い。この部隊にいる時点で同類なのは確定なのだが……。


 (……狂気的な眼)


 コイツは普段は静かで大人しい奴だ。食事中、睡眠中、訓練中。そして銃の腕はこの部隊一番。エースとも呼べる存在だった。

 ただ人の命が関わる時、コイツは少し変わる。なんと言うんだろう――積極的になる、とでも言おうか? ……少し恐い。


 (俺もそうこう言える人間ではながな……)


 「あぁ、だから隠密に行くぞ。バレないように」


 この部隊には一つ心掛けているものがある。それは周辺住民に我々の存在をバレては行けない事。あくまで隠密かつ極秘に。何事もなかったように、決着をつける。

 作戦資料によれば、地下施設は防音設備が備わっており、大抵の音は消せるはずだ。

 

 (……車が止まった)


 時刻は二十三時十八分。窓の外には少し広めの路地。そして路地の向こう側の道には黒い大型車。

 時刻が二十三時二十分になる瞬間。我々とあちらから路地を挟むよう占拠、そして地下へと侵入する。


 「司令、作戦位置に着きました」


 俺はパソコンに呼びかける。

 すると勝手にパソコンが起動し始め、司令の声が聞こえて来た。


 「そうか……健闘を祈る」


 いつもの言葉だ。

 しかしいつもならそれで終わりなのだが……。


 「あぁそれと一つ。荷物になるかも知れないが、今回はトランシーバーを持って行ってくれ。作戦成功、または何か状況が変わり次第、直ぐに連絡……良いね?」


 (……トランシーバー?)


 いつもは持たされないアイテムだ。

 この部隊は全て訓練通りに動く。全て合図や鍛え上げたその感覚に任されている。

 そんな中での連絡を取る手段、トランシーバー。それも部隊の仲間同士ではなく、司令との。……今までにこんな事はなかった。


 「了解」


 (余計な事を考えるな。今は目の前の作戦に集中しよう)


 俺は軽く深呼吸。

 そして、二十三時二十分。



 ◈ ◈ ◈



 「な、だ、誰だ!?」


 そう言ってその中年の男は、豊明に撃たれた。おそらく腰にある護身用の銃を取ろうとしたんであろう。しかし取るまでが遅すぎる。豊明はその銃を取ろうとした瞬間、彼の頭を撃ちぬいた。


 (銃を出す事も許さないか……)


 確かに抵抗する者は殺す。その他は生かす。


 (そう答えたが……これがこの女の本性か……)


 予備動作のみで相手を殺す。抵抗する者は殺す。抵抗する意思を持った者は殺す。――動きがいつもよりも生き生きとしている。それほど殺すのが楽しいのか? 俺には理解出来ない。

 それにしても、


 (柔すぎないか?)


 俺は意識を周りに切り替える。現在は地下一階。

 正直思っていた以上にこの地下が弱すぎる。まるでただの一般人と遊んでいるようだ。

 

 (違法建築……それにヤクザ林村亮太……)


 それならばそこらの警察でも良かったはずだ。適当に情報を流して、中を調査すれば一発で終わりだ。それなのにも関わらず……。

 俺はてっきり、この地下自体の防衛システムが高く、攻略が難しい。または、技術の高い人間・訓練された人間が多いとか……。そう言った事を考えていたのだが――。


 (今のところ一人。リボルバーの女ぐらいか?)


 訳の分からない日本語を言いながら、機敏な動きとリボルバーを使って抵抗していた女。ソイツが仲間の一人を撃ち殺しやがった。アレは相当な腕前だ。

 そして目の前に地下二階への階段。その女もこの下に逃げて行った。


 (ここには四十名ほど人間がいると聞いているが……)


 現在投降者ゼロ。死亡者十七名。その死亡者のほぼ全てを豊明が殺していた。相手が投降を選ばない気持ちも分かるが、これじゃあただの殺戮。……早く負けを認めてもらいたい。

 正直、豊明一人だけでも攻略出来なのではないかと疑うレベル。そうなってくると目の前の作戦よりも、どうして俺たち何だ? と言う感情が再度芽生え始める。


 (階段も……地下二階も変わっているところはなし……)


 ここまで来ると、逆に今までのそれもが、相手の計画通りだと思ってしまう。だから警戒する。……しかし何も起こらない。

 すると部隊の一人が、


 「大丈夫……なんでしょうか?」


 普段は意識外で会話はしないようにしているが、今回は異常。声を出してしまうのも頷ける。


 「あぁ、戦況は見ての通りだ」

 

 殲滅、蹂躙、虐殺、殺戮。それが今目の前に見える全てだ。

 突然、目の前に……学生服を来た――。


 (羽束之宮はつかのみや……!?)


 「えっ……」


 その女の子は驚きの声を洩らす。

 それは名門中の名門。超お嬢様学校。羽束之宮はつかのみや女子高等学校。その制服を着た女子高校。


 (なぜこんな場所に!?)


 ここはヤクザの地下施設。そんな場所になぜ羽束之宮の女子高生が? 

 しかしそんな事を考える暇もなく、すると、



 ダダダダダダダダッ――――。



 (豊明、何してる!?)


 目の前の女子高校生はまだ何もしていない。銃を出そうともせず、逃げようともせず、怪しい動作もしていない。ただ目の前に現れただけ。

 対して女子高生は何とかそれをかわして、

 

 「おいッ!!」


 俺は豊明に怒鳴るが――豊明がこっちを見た。それは鷹のような恐ろしい瞳。思わず身体中から鳥肌が立つ。

 瞬間、


 「きゃァアぁアアあああっ!!」


 女子高生が悲鳴を上げる。

 その声はとても……芯に響くような……。



 ◈ ◈ ◈



 結菜が出て行ってから三十秒ほど経過した。

 東ミズチは俺を睨んでいる。対して俺はそれを見つめる。そして思う。自分自身も分からない人間が信用される訳もない。

 噓も付いていない。全て真実だ。だがそれよりも相手がどう受けるか……それが重要なのだ。

 すると東ミズチが、


 「……悪いが出て行け」


 想像通りの答え。だがしかない。

 俺は諦めの気持ちで憂鬱になる。

 瞬間、



 ――――ドクゥンッ。



 (霊力ッ!?)



 『きゃァアぁアアあああっ!!』



 耳、鼓膜ではない。どちらかと言えば脳に直接響く感じ。それが、霊力が、音が、声が――悲鳴?

 そう頭が認識した途端、思考がアクセルを踏んだ。


 「……何だ、悲鳴!?」


 (東ミズチにも聞こえている……ッ)


 思考が火花を散らし、嵐のように弾け――。

 霊力――悲鳴――音――【言霊ことだま】。



 ギャアアァアアアァァアアアアァアアアアアア!!



 ――――ドクゥンッ。



 脳裏に断末魔が響く。

 それは【言霊ことだま】だ。【言霊ことだま】は意志の声だ。声は悲鳴だ。悲鳴は助けを求めている。

 誰が――誰が助けを求めている――?



 ――――ドクゥンッ。



 ◈ ◈ ◈


 運命が破られる。


 ◈ ◈ ◈


 すると部屋に、見た事のある金髪の女性が焦った表情で姿を見せた。


 「大変です、林村さ――!?」


 俺はベッドから飛び上がり、扉の方へ――そしてソイツを突き飛ばした。獣のように。

 

 「邪魔だっ!!」


 そして三足歩行で、その施設内を走る。無我夢中で。上への階段を見つけるために。【言霊ことだま】の元に行くために。

 もう周りの事など考えてはいられない。ただ最悪な事態が脳裏を駆け巡る。俺は化け物のように走る。

 

 ――――ドクゥンッ。


 救う。助ける。


 ◈ ◈ ◈


 機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナが漏れる


 ◈ ◈ ◈


 狂気が――漏れる――。

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