第09話 守護ノ叛逆者

 この世に『正義』も『悪』も存在しない。


 あるAは自分を『正義』だと思った。

 AはBの事を『悪』だと思った。


 あるBは自分を『正義』だと思った。

 BはAの事を『悪』だと思った。


 ――――だから争いは起こるんだ。


 お互いが自分自身を『正義』と思い、お互いが相手を『悪』だと思った。自分が正しく、相手が悪いと思うから。


 そして奴らはそこにいる。

 神罰しんばつと言う名の『正義』を振りかざして。

 恐怖は疑いへとに変わり――知れば知るほどおぞましい。あの光景が甦る。姉ちゃんの断末魔が甦る。



 「俺は叛逆者リベリオンだ」



 憎悪は静かに根を伸ばし続ける。

 覚醒するその瞬間ときまで。



 ◈ ◈ ◈



 (来るッ! ――いや彼女っ!)


 霊力の矛先、それは真っ直ぐ彼女に向いていた――頭より先に身体が動く。俺は腕をバネのように反動をそして右足で地面を蹴り、彼女に飛びかかる。

 対して彼女は、俺がヤバイ行動に出たと思ったのか――咄嗟の判断だったのだろう。スカートからスマホを俺に投げつける。


 (チッ。だが反応速度が遅くて助かったッ)


 俺はスマホほ軌道を予測し、身体をねじってかわす。

 刹那、ちょうど彼女が立っていた場所に、霊力が飛んできて――。


 ――シュブッ。


 と言う音を立て、吸い込まれるように川に着弾。彼女は勢い良く俺に押し倒され、尻餅をつき、


 「くッ、ふざけ――――て……?」


 宙を舞う長い髪の毛。もちろんこれは彼女のものだ。今の攻撃が彼女の何本かの髪の毛当たり、切れたのだろう。

 そして彼女もさっきのように暴れない。抵抗して来ないという事は、彼女も今の感覚に……。


 (しかしなんだこの感覚?)


 霊魔法れいまほうではなさそうだ。どちらかと言えば霊道具。そして霊道具の中でも、遠距離で遅い分類だろう。

 そして先ほどのように俺に霊力を悟られたと言う事は、上位天使でもなさそうだ。上位天使はもっと上手く霊道具を使う。あくまでも下位天使。

 だが攻撃の瞬間が分かるだけで、相手が見える訳ではない。


 「なっ……何が……?」


 黒髪がまだ宙を舞う中、彼女は俺に問いかける。しかし答えている暇などない。敵に俺の居場所があばかれた。


 ――――スッ。


 「来るッ!」


 今度は殺意が俺の方に向かって――しかし俺よりも、霊力を感じない彼女の方のが危ないっ。

 それにここだと敵の狙いのまとだ。



 (――――絶対に見捨てないッ!!)



 脳内で断末魔が聞こえる。それは怪奇と不快の絶叫。永遠に俺にこびりつく最悪の後悔。

 俺は直ぐに彼女を抱え込み、


 「ちょっ!? 何し……ッ!」

 「だぁあァァああ!」


 彼女を後ろの家に柔道の技で投げ込む。家と言うのはもちろん、このブルーシートで出来た要塞の事だ。

 そして俺も腕をバネのように反動を、そして右足で地面を蹴り要塞へとダイブ――刹那。


 ――バキュッ、ッィインン。


 元々俺のいた場所からコンクリートが割れる音が聞こえた。間一髪。

 ただ問題は後半の謎の振動音。


 (……なんだ? この音どこか――――)


 「クロムぅ!」

 「何? 姉ちゃん」

 「今日デザートで……」

 「で?」

 「メロンが出るんだよ!」

 「め、メロンッ!?」

 「そうだクロムぅ! メロンを賭けた勝負を申し込むぞぉ!」


 遠い昔の記憶。姉ちゃんと遊んだ記憶。

 確か俺たちの紳士ルールで、勝負を申し込まれた方は必ず受けなければならない、みたいなものあった。

 記憶は更に深く沈んでいく。そして――ぼんやりとしていた記憶が。


 「で、なにで勝負するの?」

 「それはねぇ――――」


 ――――弓矢ゆみや


 ドクンッ――喉元を掴んだ。

 全ての辻褄つじつまが合う。さっきの音は矢のやじりが地面に刺り、それ以外の部位が振動した音。遠距離道具と言う点も当てはまる。


 だがしかしそれが分かった事で状況は変わらない。敵は見えない。後ろの割れたコンクリートの破片が、俺の左肩に突き刺さる。


 「痛ッ……がっ!」


 (左足の時に比べれば……!)


 そして要塞に飛び込んだ。

 そして目の前に――今にも泣きそうな顔で、青ざめている彼女がいて、


 「何が……起きてるの? 何が襲ってきてるのっ!」


 はっきりとしない震えた声で聞いて来る。

 そりゃそうだ。彼女は見えない何かに襲われる状況なのだから。もちろん俺も分からない。しかし霊感があるおかげで、攻撃はなんとなく読める。しかし彼女は何も感じない。

 俺は少し考え――俺は彼女の頭をポンっと手を置いて、



 「お前が天使だって事だよ」



 少しでも彼女が落ち着いてくれれば、安心してくれれば――そんな気持ちで言う。彼女は一瞬ポカンとした表情をして……。


 ――――スッ。


 瞬間、俺の霊感が反応し――直ぐに身体は動いた。

 俺は彼女を自分に引き寄せ、



 「絶対にお前を守ってやる……絶対にッ!!」



 俺は彼女をかばうように覆い被さる。

 そして霊力がブルーシートを貫通し「ズ、ズッ」。そして左奥の方で「シュブッ」川に着弾した音。

 俺は貫通したブルーシートのを確認する。

 三センチほど――入り口の方向のブルーシートに穴が開いており、そして川側のブルーシートも同様に、三センチ程の穴がで開いていた。


 ――――俺に思考が雪崩なだれるように回る。


 一発目。

 奴は彼女目掛けて矢を放つ。彼女の髪の毛が宙を舞い、川に落ちていく音が聞こえた。着弾地点と俺たちの位置を直線に考えると――答えは近い。

 二発目。

 奴は俺目掛けて矢を放つ。それを俺は間一髪でかわし、コンクリートとの着弾音と振動音で、敵の攻撃手段は弓矢だと分かり――これはかなり大きな情報だ。もし銃のような霊道具を持っている敵だったら、万事休す。前みたいになっていたかも知れない。

 三発目。

 正面のブルーシートはを貫通。そして一度中に入り、内側から外へ――川側のブルーシートのを貫通し、そして川へ着弾。


 当然の事だがここは橋の下。そして地面とは低い場所にある。つまりここと地面では、明らかな高低差が存在しているのだ。

 ブルーシートの貫通痕。三発中二発は水に着弾。そしてこの地形をまとめるとッ。


 (そこか、敵の位置は……っ!)


 しかし相手の位置が分かったところで、攻撃手段がない。敵は遠距離。こちらは近距離。しかも左足がないおまけ付き。

 

 「だが、やるしかない……」


 架空者は幽霊と違いそこに物体として存在はしている。つまりは殴れる事も出来るし蹴る事も、もちろん撃つこと出来る。

 俺は辺りを見渡す。何か武器になるもの――。


 (あった、斧ッ! それに包丁ッ!)


 肉ダルマの傍の壁に立て掛けてあった。俺は飛びつくようにそれに向かう。俺の足をブチ切ったであろう斧。そしてダンボールの中に入っていた錆びた包丁。

 あとは俺がするだけ。

 すると今にも泣きそうな――いや、もうボロボロと泣いている彼女が、


 「なんで……守って……?」


 分からないとしか言いようがなかった。

 だから適当に返しておく。


 「知るか。後で犯させろ」


 ――――スッ。


 (霊力ッ!)


 しかしその時はいつもと違い、全身の生存本能が騒ぎ立て――。敵は上の森の方から撃ってはずだ。それならば「奥に行け!」が正しいはずだ。

 だがしかし、


 「伏せろッ!」


 自分でも何故このように言ったのか分からない。しかし俺は――俺と彼女は嵐のような勢いで伏せる。


 刹那、ブルーシートの向こう側から霊力の矢が飛んで来て――「ズッ、バッキン、ドォン」。そして奥にある肉ダルマを吊るしたフックにブチ当たり、肉ダルマは地面に落ちた。


 俺は瞬時に顔を上げ正面のブルーシートを見る。俺が座った状態の胸の高さ約五十センチに、三センチ程度の穴。貫通痕。


 (地面と平行に!? いや……?)


 敵が正面ブルーシートに穴をあける矢を飛ばして来るならば、その矢は俺の足辺りに着弾するはずだ。敵の位置とここは高低差が存在する。

 だが今の一撃。肉ダルマのフック、そして正面ブルーシートの穴の位置を直接で結ぶ――そしてブルーシート・フックの準備で音がした――。


 (まさか……!!)

 

 俺は瞬時に武器を構えて――。


 「――おい、お前なにしてるんだッ!?」


 突如彼女が俺から銃を奪い取ろうとする。それも凄い力。

 しかし、


 「違っ! ……身体が!!」


 彼女は泣き喚きながら言った。この行動は彼女の意志ではないらしい。

 ……その姿を見て焦りが吹っ飛び、敵に対する憎悪は膨れ上がる。怒りが俺を浸食する。背中を逆鱗がおす。


 (全ての点と線は繋がった……)


 まず今敵のいる時点はココ。

 天使の能力の一つ。人間の身体を浸食し乗っ取る――憑依ひょうい。対象者は自分が乗っ取られている事も気付かない。気付かない内にその天使そのものになる。よく下位天使が使う手法だ。”人”としてそこに存在出来るようになる。

 だがそれは時間を掛けて――要するにこれは一時的な物。

 そして本体は、


 (四発目の射角からして……!)


 「おい、お前。名前は?」


 彼女は泣きじゃくりながら、


 「日下部、結菜じぇ、すっ!」

 「そうか、じゃあ結菜……歯ぁ食いしばりやがれッ!!」


 俺は本気の頭突きを彼女にぶつける。

 同時に彼女から霊力が、正面ブルーシートの向こう側へ。


 四発目。

 つまりはから、撃てばいいだけの事。敵は三発目を撃ったあと、俺たちの目と鼻の先。まで来て撃った。


 そして今霊力が向かったのは正面ブルーシートの向こう側。では何故向こう側に行く必要が? ここで直ぐに正体を表せば良かったのではないか?

 理由は簡単だ。下位天使が本体である本来の憑依対象者に戻っていく。つまり敵は使と言う事。

 そしてソイツは目の前だ。


 俺はブルーシート越しに包丁投げ――向こう側から「ぎゃァッ!?」と女性の声が聞こえる。だが気にしない。

 俺は直ぐに斧を構え、正面ブルーシートを引き剥がして――そこには左目に包丁が突き刺さり、紅い液体を流す女性がいた。既に息絶えたと思ったが、プルプルと腕が動き弓を構えるモーションを――――。


 「――――準備は良いかAre you ready?」


 俺は敵の頭を斧でかち割った。

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