悪魔の||:ヴェリー:||交響曲《シンフォニー》 〜漆黒ノ天使と復讐の契約者〜

歌夛音よぞら

前奏曲 ソナタのケイシキ

プロローグ 序 奏:天使の器たち

 運命は狂う。


 ◈ ◈ ◈


 運命はわらう。


 ◈ ◈ ◈


 運命はほころぶ。


 ◈ ◈ ◈

  

 その少年の憎悪は止まらない。

 少年を包むあおぐろオーラは渦を巻き――天使はそれに攻撃を仕掛けた。が、それは殺戮さつりく虐殺ぎゃくさつ。なんでも良い。


 「我々は炎のように酔い潰れ足を踏み入れるWir betreten feuertrunken


 少年は『ベートーヴェン 交響曲第九番第四楽章〈歓喜の歌〉』を口ずさみながら、血飛沫を奏でる。


 その天使は少年の憎悪により、遊ぶように翼をもがれ、そして四肢を切断された。それは一瞬。悲鳴を上げる事も許さない。しかし残った頭部は切断されなかった。理由として少年は、ダルマのような姿の天使を見て満足し、興味を失ったからだ。


 「崇高なるHimmlische,貴方の聖域へdein Heiligtum


 結局その天使は仲間の攻撃に巻き込まれて死んでしまった。……どのみち後五秒も生きられなかったが。


 「貴方の魔力は、再び結びつけるDeine Zauber binden wieder


 少年は目的地に歩みを進める。

 憎悪のオーラは天使を切り裂き、握り潰し、内臓を引っ張り出して喰らいくつす。

 弾け飛ぶ腕、断末魔を歌う天使達。腰を三百六十度にへし折られ、臓器をクラッカーのように吐き出す。


 「時の流れにより厳しく引き離されたものをwas die Mode streng geteilt


 その天使は恐怖で戦意喪失する。なぜならその区画の天使はみんな、その天使以外バラバラになってしまったからだ。

 少年はその天使に近づく。対して天使は『ご、ごめんなさ――』。しかし憎悪のオーラはゆっくりと天使に近づいていく。


 「全ての人たちは兄弟になるalle Menschen werden Brüder


 そして憎悪はその天使を拘束する。逃げられなくなった天使は恐怖で発狂――ミシッ。身体中から聞こえた鈍い音。そしてゆっくりと、ゆっくりと……。天使の身体がグチャグチャになっていく。


 「貴方の優しい翼が留まるところでwo dein sanfter Flügel weilt


 ゆっくりと……ゆっくりと……。肉の塊になっていく。

 少年に悲鳴は聞こえない。そこに優越感もない。

 ――――ベチャッグチャッツチャシャ。


 ◈ ◈ ◈


 運命は微笑ほほえむ。


 ◈ ◈ ◈


 運命は贔屓ひいきする。


 ◈ ◈ ◈


 少年はその情景を思い出す。

 大切な人の思い出。

 

 とある山奥。街から車で二時間。道は途中から舗装もされず、砂利や木の根に阻まれて進むのにも一苦労。勿論もちろんネットも繋がっていないし、携帯も圏外けんがい。そんな道なき道を進んで、ようやくそこに辿り着く。

 大きな屋敷とドーム状の施設。東京ドーム三つ分ほどの大きな庭園。


 目の前に立つ女の子、俺の姉ちゃん。


 「ふん、今日は俺が勝つからな、姉ちゃん」

 「いいや、私が勝つ! クロムに負けるとか絶対ありえん」


 そんな場所……大きな屋敷裏のグランドで、俺たち姉弟きょうだいが木刀で勝負をしようとしている。


 「じゃあこの石が地面に落ちたら開始ね、クロム!」


 俺はニコッと笑って、「OK」と返答。

 そして姉ちゃんは中央目掛けて石を――二人は同時に地面を蹴る。

 

 「でりゃぁああ!」

 「うりゃァああ!」

 

 木刀での勝負。実力の競い合いをしていた。

 木刀と木刀がぶつかり合い、木の音が鳴り響く。

 勿論その日のデザート、プリンのためだ。


 

 (――――結局、この勝負はどっちが勝ったんだっけ?)



 少年はあかく染まった天使の羽根をクルクルと回しながら、ゆっくりと目的地に向かう。その周りにはあかしかばねの山。もう百つ以上はバラバラにしていた。


 (俺の夢は、天使と契約して皆を助けたいだっけ……?)


 みんなを守りたかった。弱い人に手を差し伸べて、そして救いたい。困っている人を助けたい。みんなを笑顔にしたかった。


 なぜそう思ったかって?

 そりゃあ――――どうしだっけ? まぁ良っか。


 だからあの時は早く十六歳になりたかった。

 使

 それは少年の中では当たり前の事だった。


 ――――天使と契約して手を差し出す。いつも蚊帳の外から眺め、口だけ達者な傍観者とは違って人を助けたい。救いたい。


 少年は自分だけでは出来ない事も知っていた。しかし天使と共になら出来る。

 でもその時から気付くべきだった。天は何故今も、弱者じゃくしゃに手を差し伸べないのかと……。


 ◈ ◈ ◈


 運命はれる。


 ◈ ◈ ◈


 『動くな刹那髪セツナガミッ! け、炎よ。エルサ!』

 

 そんな中、少年の目の前に二つの天使が立ちはだかる。

 一つは黄色の目に炎の剣をこちらに構え、そして火の攻撃を仕掛けてくる。そしてもう一つは、エルサと呼ばれていた、天使にしては珍しい女の容姿の髪の長い天使であった。


 『心音こころねよ。力をッ!』


 女の容姿の天使は、火を使う天使に手をかざして、


 (火と強化系の能力か……)


 「…………」


 


 ――――ブシュィッ。




 憎悪は疾風はやてごとく二つをブツ切りにする。


 炎は真っ二つに切れ、剣を持っていた右腕二つに切れ宙を舞う。黄色の左目の眼球は、透明な液体を爆発させ、頭から脳ミソが飛び散る。

 女の容姿の天使は遊ぶように丁寧に切られた。両足は六等分に。胴体は綺麗にX字に。しかし敢えて腸は切らないでおく。腕は横ではなく、縦に真っ直ぐに。そして最後に胴体と首は切断される。


 「右に揺れろ、左に揺れろ。上に行け、下に行け」


 少年はおもむろに呟いた。

 すると目の前に先ほどの、女の容姿の天使の生首が少年の方へ転がって、足に当たる。その表情は驚愕、恐怖、涙。絶望の表情をしていた。


 (…………)


 「……髪の毛が邪魔だ」


 少年は少しかがんで、その生首に付いている髪の毛を強引にむしり取り始める。そこに感情はない。そこにあるのは意志だけだ。


 「貴方の魔力は、再び結びつけるDeine Zauber binden wieder


 再び第九〈歓喜の歌〉を口ずさむ。そして七割ほど毟り取り、少年はその行為が面倒くさくなって来たので、立ち上がり、


 「時の流れにより厳しく引き離されたものをwas die Mode streng geteilt


 少年は生首でドリブルを始めた。髪の毛を毟り取っていたのはこのためである。ドリブルのテンポは第九に合わせて。第九は少年の大好きな歌の一つだ。


 (姉ちゃんとは……サッカーでも競ったっけ?)


 足にそれが何度も当たる瞬間とき、少年は思い出を噛みしめる。


 「全ての人たちは兄弟になるalle Menschen werden Brüder


 思い出せば思い出すほど、憎悪は手を伸ばす。少年は許さない。

 憎悪は燃え上がり、ドリブルをしていたボールが紅い血飛沫を上げて弾け飛ぶ。


 「貴方の優しい翼が留まるところでwo dein sanfter Flügel weilt


 目的地はもう目の前だ。


 ◈ ◈ ◈


 運命は満ちる。


 ◈ ◈ ◈


 そして俺の目視出来るの前にソレがあった。

 ソレは世界を昂進こうしんさせるもの。


 「これが【破滅の願いカプラス】……」


 白を中心とした光り輝やく綺麗な色。俺はソレを見て――それが俺を呼んでいると思った。

 俺はソレに向かって歩き出す。

 すると、


 (…………!)


 鐘の鳴る音。大切な人の断末魔。苦しみに悶える天使。根を張る憎悪。笑いあう俺たち。槍が突き刺す。

 おそろしい勢いで記憶が再生される。


 不意に俺は『鐘のキャロルCarol of the Bells』が口からこぼれた。


 「聞け鐘の音をHark how the bells,  快い銀の鐘を sweet silver bells 

 語りかけてくるall seem to say,  不安は消え去るとthrow cares away

 クリスマスは来たChristmas is here, みな陽気な気分で bringing good cheer

 老いも若きもto young and old,  いくじなしも勇敢な者もmeek and the bold

 ディンドン ディンドンDing dong ding dong, 彼らの歌が響くthat is their song

 喜びに満ちてwith joyful ring,  キャロルを口ずさむall caroling


 実際は俺は喜びなど感じていない。歓喜もない。ただ憎悪は俺の背中を押す。俺に道を示す。俺は手を伸ばし続ける。

 俺はゆっくりと歩く。


 「聞こえてくるOne seems to hear,  陽気な声が words of good cheer

 至る所からfrom everywhere, 満ちあふれて filling the air


 俺は歩く。数多の断末魔の鐘は、俺の罪を数え始めた。

 しかしそれは子守唄に過ぎない。あるのは幾つかの憎悪を生み出す悲鳴だけで良い。


 「鳴り響いているOh how they pound,  声高らかに raising the sound

 丘を越え 谷を越えo'er hill and dale,  物語を囁きながらtelling their tale


 俺の物語はまだ始まったばかりだ。


 「陽気な鐘の音にGaily they ring, 人々は歌う while people sing

 歓呼の歌をsongs of good cheer, クリスマスは来た Christmas is here


 そして遂に目の前に白い光。

 これに触れれば世界は一歩を踏み出すだろうか? この残酷な世界を俺は変える事が出来るのか? 俺の憎悪が求めるものが存在するのか?

 ……もうどうでも良い。


 「メリークリスマスMerry, merry, merry, Merry Christmas  

 メリークリスマスMerry, merry, merry, Merry Christmas




 ――――昂進こうしんする世界を俺は創り出してやる。




 「鳴り続けるOn on they send,  終わることなくon without end

 喜びの音をtheir joyful tone, すべての家々に to every home


 そして俺はその白い光に触れる。

 それに触れた瞬間とき、あの誕生日を思い出した。


 ◈ ◈ ◈


 運命は従う。


 ◈ ◈ ◈


 運命は傾く。


 ◈ ◈ ◈


 運命は繋がる。


 ◈ ◈ ◈


 「ディンドン ディンドンDing dong ding dong.――――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る