44話 レイの行方は夕陽に沈んだ。
ローガンのスパイとしての始末も済んだところで、本題のレイ・メタルの行方について訊ねようと思ったのだが、オリビアが傍にいてはそれもむずかしいことに気づいた。パーティーに招かれる前に気づけよ、という話ではあるのだが。
まあ、滞在期間にはまだ猶予がある。本題はまたあとでも大丈夫だろう。
いまは、素直にティーパーティーを楽しむとするか。
パーティーというより、オリビアの一方的なノロケ話の場となっているけれど。
「それでね? クロウさん。ローガンってば、こんな精悍な顔つきで身体つきもよくって、いかにもデキる男のひと! って見た目なんだけど、実はすっごくドジっ子なのよ! まあ、それがまたキュートなんだけど! きゃっ!」
「ほう、ドジっ子ね。とてもそうは見えないけどな」
「ほんとなのよ! いつだったか、一日に何回も何回もスプーンを落としたことがあるの。もう、替えのスプーンがなくなるかと思ったくらい! スプーンの持ち方を覚えたばかりの赤ちゃんみたいだったわ!」
「なるほど。それはたしかにドジっ子だ」
「もう勘弁してくれ……」
ローガンが弱々しくつぶやき、降参だとばかりにうなだれた。
これまで話した感じ、ローガンは実直で誠実な男のようだから、天真爛漫なオリビアと合うのだろうかと疑問に思っていたが……どうやら俺の杞憂だったようだ。
(しっかり尻に敷かれている。いい関係だ)
いい国は女が強い。スパイ云々関係なく、昔から存在する世界の不文律だ。
そんなことを考えながら、オリビアお手製のクッキーと紅茶を堪能し、会話に華を咲かせていると、あっという間に午後四時を過ぎてしまっていた。
ティーパーティーの片づけを済ませ、俺は玄関先に向かう。
「ところで、クロウさんはいつまでH島に?」
「明後日までだな。その日の昼には発つ予定だ」
「そうなのね。それじゃあ、どこかのタイミングで、そちらのご家族も交えて食事でもしましょうよ! きっとティーパーティーよりももっと楽しくなるわ!」
「ああ、そうだな。それはいい。連れにもそう話しておくよ」
「うん、よろしくね!」
「近くまで送ろう」
と。玄関の扉を開けた俺に、ローガンがそう声をかけてきた。
先ほど俺が言っていた、『別の用件』というのを覚えていてくれたらしい。
「またねー!」
元気よく手を振るオリビアに見送られ、ローガンと共に住宅街に出る。
オレンジに染まる夕方のH島は、ほんのすこし肌寒い。パーカーを持ってきてよかった。
「それで? オレへの別の用件というのは?」
「レイ・メタルの行方についてだ」
もったいぶっても仕方ない。
パーカーを羽織りながら、俺は率直に訊ねた。
「キャサリンからも聞いているだろ? 二年前、『雑用で出る』と言ってフルピースを出たっきり、行方がわからなくなっているんだ。このH島にいるのはたしかなようなんだが……お前のところには来ていないのか?」
「来ていないな」
即答するローガン。
まるで、用意していたかのような反応速度だ。
「オレのこの回答も、キャサリンに伝えていたはずなんだがな?」
「念のために、ってやつさ――では、レイが行きそうな場所に心当たりは?」
「わからん。来てもいない人間の行動予測など、無意味にもほどがあるだろ」
「あはは、スパイらしい冷酷な答えだ」
……すこし、冷酷すぎるくらいだがな。
ローガンとレイは、互いに名前を付け合う双子のような関係じゃなかったのか?
だが、ローガンが嘘をついているようにも見えない。表情も、声の震えもない。
(このポーカーフェイスは崩れそうにないな……)
大通りに出ると、大きな夕陽が海岸に浮かぶ光景を横目に、ローガンが言った。
「ここからならホテルまですぐだろう。それじゃあ、オレはここで」
「また後日、連絡させてもらうかもしれないが?」
「好きにしろ。オリビアとの生活を邪魔しなければ、それだけでいい」
そう言い残して、ローガンは来た道を戻っていった。
「……有力な情報は得られず、か」
つぶやいた声は、レイの行方と一緒に、夕陽の奥に沈んでいった。
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