竜の居ない洞窟
竜の居ない洞窟(1)
それと入れ替わるようにして――闇の始まりと共に動き出す者もいる。
一人は酔っ払い。顔を赤くしながら心もとない
一人は犯罪者。殺し、盗み……それを
そして、一人は闇と共に目覚める者――文字通り、闇と共に始まる者たちだ。獣人、ナイトエルフなど、そういった種族は少なくない。少なくないが、数に比べるとその認知度はかなり低い。光の終わり、つまり営みの終わりと共に活動を始まる彼らは、人間社会に関わることがほとんどないからである。
そして彼女もまた、その中の一人だった。尖った耳はまぎれもなくエルフの特徴だが、大きく異なるのはその体色である。
エルフの体色は“あらゆる不浄をそそぎ落したような”と称されるほどの、
闇の中に生きる彼らの体色をまじまじと観測できる機会はそうないかもしれないが。
だけれども、彼女はあえてその体色を見せつけるような露出の多い服を纏っていた。肌よりもわずかに明るい灰色の髪も、括ってはあるものの伸ばせば腰まであるような長髪である。自らの“色”に対して少なからず誇りを抱いている、というのは、その装いを見れば分かる。
彼女はナイトエルフや黒エルフ、あるいはダークエルフと呼ばれる種族だった。その習性は――肌の色と同じく、ほとんどエルフと逆と言ってもいい。エルフは伝統や土地、規律を重んじるのに対し、ナイトエルフはとことん自由な気質である。定住する土地を持たない者がほとんどで、たとえ同族であっても他者には関心を示さないのだ。
他の十大種族は国や種族というものを重視するのに比べ、ナイトエルフはあくまで生きているのは自分自身であると考える。行動を決めるのは自分自身であって、極論、世界には自分かそれ以外しか存在しない。何ものにも縛られないし、縛られることを嫌うのだ。
その気質は、例えナイトエルフを知らない人でも彼女の目を見れば感じるだろう。
自分以外の全てを敵視するような、ひどく冷めた、そして静かな殺意の灯った目だ――いや違う、殺すことに抵抗がないのだ。
殺意を振りまいている訳ではないが、自分の邪魔をする者にそれを向けることに抵抗がない。腰に携えた短剣にいつでも引き抜けるように手を当てがい、周囲を見渡しながら、彼女はぬかるんだ地面に編み上げのブーツを沈み込ませ、歩いていた。
「
独り言にしてはやや大きな声量で、彼女は言葉を吐き出した。しかし彼女の隣に人はいない。これは旅人ならば珍しくないことだった。
「夏は……嫌いだな。虫が多くなる」
決して小さくない彼女の独り言も、この湿地帯に響く蛙の鳴き声の中ではほとんど存在しないも同然だった。ずちゃ、踏み出した足がぬかるみに沈み込む。それを蛙が飛び越えた。赤、黒、青、緑……大小さまざまな色彩の点が
やがてその目は不自然なものを捕える――泥にまみれて判断に時間を要したものの、それは倒れた人間の姿だった。
ふむ、彼女は一つ頷くと、続く一歩のつま先をその人影へと向けた。しかし駆け寄る訳ではなく、歩く速さはちっとも変わらない。そこには“人は倒れている”ということに関する
「こいつは……」
それはエルフの少女だった。鈍い赤毛と、目の下から鼻を通ってもう片方の目元までを繋ぐように刻まれた一本の入れ墨が特徴的だった。身体に張り付いた泥と衣服の間から見える白い肌からは、いくつもの
「ただのエルフ、じゃあないな。……“血脈”か」
彼女は鋭い舌打ちを鳴らすと、気を失っているエルフの頬をブーツのつま先で小突いた。何の反応も示さないのを確認すると――今度は乱暴に横腹を蹴りつける。「ぐっう――!」。エルフの少女は声を漏らす。それは
それを確認したダークエルフは、大げさな仕草で溜め息を吐き乱暴に頭を掻いた。だが悩むような素振りを見せたのもほんの一瞬で、次の瞬間には、彼女はエルフの少女を肩に担ぎ上げていた。
「軽いな。小柄だからこんなものか――いや、確かに軽い、相当に……」
そしてきびすを返し、来た道を引き返し始めた。
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