第十三話 狩人として

 フォズとボルミンの二人が興奮している牛を落ち着かせ終わると、「どうして一人で飛び出したんだ!」とボルミンが再び怒りだした。

 もうすっかり終わった話だと思っていたが、ボルミンとしては中断しただけのつもりだったらしい。


「でも、私が行かなければ家畜が襲われていました。……私なら、ハーピィくらいなら問題なく退治できますし――」


「そうじゃない!」


 しかし、ボルミンは更に声を張り上げた。


「君が戦えることくらい、一人で旅をしてるってことから分かってる! でも――でも、危ないだろう? もし他に怪物がいたら、どこかに隠れて様子を窺っていたら、不意をつかれて殺されていたかもしれない!」


 それは確かにそうかもしれないが……。

 しかし、フォズも少しむっとして言い返した。


「私がボルミンさんのところに来た時、牛たちが威嚇する中でボルミンさんは逃げずに鍬を構えてたじゃないですか。あれは違うんですか?」


「……それはそうだけど」と目を伏せる。「……だけど君はお姉さんを見つけなきゃならないんだろう? こんなところで怪我でもして、命を落とさずとも、君が旅が続けられなくなるような事態になったら……おれはどうすればいいんだ?」


「……」


 それを言われると、弱い。

 しかしそれでも、フォズは喉元にある言葉を飲み込もうとはしなかった。互いが互いの言い分に理があると分かっていたからこそ、どちらも引き下がることができなくなっていた。


「ですが、でも、それは勝手にハーピィの元に向かった私の責任ですから」


「そっちはそう思ってても、この村の人間はそうは思えない! この村の問題に善良なエルフを巻き込んでしまった、そう考えるのが普通だ!」


「おい、二人とも!!」


 二人の気まずい雰囲気を壊したのは、鍬を携えたニルヤナだった。後ろに村長のゲヌ、それから若い男たちが続いている。


「お前ら怪我はないか!?」


 フォズとボルミンは言い合いが遮られたことにほっとしながら、首を縦に振った。


「助かりました、フォズオランさん」ゲヌが一歩前に出て、フォズに向かって深々と頭を下げた。「フォズオランさんがいなければ家畜は無事では済まなかったでしょう。どころか村人も襲われていたかもしれません。本当にありがとうございました」


「いえ……そんなこと」


「そんな、謙遜しないでください」


「……たまたまですよ。たまたま私がこの村にいただけです」


「そのたまたまに、この村の皆は救われたのです。どうか、感謝の言葉をお受け取りください」


「……はい」


 トロルたちはたっぷりと十秒ほど、深々と頭を下げていた。フォズはどうもばつが悪くて、そわそわしながらその長い十秒をやり過ごした。


「ハーピィは以前にもやって来たことがあるんですか?」


 やっと頭を挙げてくれたトロルたちに訊ねると、「村にやって来たのは初めてです」とゲヌは答えた。村人の反応や備えから、まあそうだろうなと納得。


「ただ、村にやって来るのは初めてなのですが……」


 ゲヌはそこで言葉を濁して、村人の一人に視線をやった。「はい、俺から説明します」。そう言いながら若いトロルの一人がゲヌの隣に並んだ。


「俺はダリルマイ。貿易団護衛をしてます」


 ダリルマイと名乗った男は、農耕具ではない、年季の入った槍を携えていた。彼はわざとらしい動きで敬礼して見せると、にかっと、歯を見せて子供っぽく笑った。


「貿易団護衛っていうのは、貿易団に随伴して獣や野党から守る役割のことだよ」ボルミンが説明してくれた。「それでダリルマイ、一体どうしたってんだ?」


「はい、ボルミンさん。先日の貿易団の際、この平原を超えようとしたところでハーピィに襲われたんですよ。その時は二匹だけで、槍を振り回したらすぐに逃げて行きましたが」


「お、襲われたのか?」焦ったようにそう言ったのは、もちろんフォズではなかった。「怪我は? 他の護衛や貿易使ぼうえきしは?」


「何ともないよ、ボルミンさん。全員無事さ」


 ダリルマイは過剰に心配するボルミンにやや呆れた様子だった。やれやれと肩をすくめて、何か同意を求めるような目でフォズを見た。


「そんな事があったのならおれにもちゃんと教えてくれよ!」


「ごめん、悪かったって」これはニルヤナ。「お前がこっちに来た時に伝えるつもりだったんだ。ハーピィに襲われたって場所は村から大分離れたところだから、まさか村まで来るとは思ってなかったんだ。でも、そうだよな、もしハーピィがお前の農場に行ってたら――」


「そういう話じゃない!」と、ボルミンはまたもや怒った様子だ。「おれが襲われてたかもしれなかったとかそういう話じゃなくて……村のやつが危険な目にあったって言うのにそうして俺に教えてくれなかったんだよ! ……教えてもらったところで何ができる訳じゃないけど……でもさ…………」


「……分かった、分かった。俺らが悪かった。別にないがしろにしたわけじゃない。ただ、お前に余計な心配をかけたくなかったんだよ」


「余計な心配だって! 村のことが余計なことな訳があるか!」


「――おほん」村長のゲヌがわざとらしく咳ばらいをした。「ボルミン。わたしも申し訳なかった。こいつらにその判断を任せたのはわたしだ。だけれど、こいつらの気遣いも判らない訳ではないだろう? お前の気持ちも勿論分かるが、こいつらの気持ちも汲んでやれ」


「……はい」


 ゲヌの言葉にさすがにボルミンは素直に頷いた。心から納得した訳ではないようだったが。「ごめんな」。ニルヤナがもう一度謝罪の言葉を口にすると、ボルミンも小さく頭を下げた。「……いや、ありがとうな」


「……説明に戻ってもいいですかね?」


 ダリルマイが申し訳なさそうに小さく手をあげた。


「俺たちがハーピィのことをあまり大事にとらえていなかったのは、場所が遠かったってこと以外にもう一つ理由があるんです。この平原の向こうにあるガラ山にハーピィの巣があるってことは知ってたんです。貿易の際にその山の周りを飛んでるのを見るから。ただ、あいつらはいつもは襲うどころか俺たちを見ると逃げ出してましたけど」


「……たまたま機嫌の悪いハーピィに運悪く襲われてしまっただけ。そんな風に考えたんですね?」


「そうですそうです。その日は山の周りを大勢のハーピィが飛び回ってたので、何かがあったんだろうなとは思いました。念のために遠回りをしたんですが、何故かその迂回した道にハーピィがいて襲われたんです。襲われた際は流石に焦りましたが……すぐ逃げだしていったので、まあ、そんなこともあるのだろうなと……」


「なるほど……」


 フォズは頷くと、顎の下を撫でながら黙り込む。フォズが何かを思案していることは明らかだったので、わざわざ話しかけて邪魔する者はいなかった。

 このトロルたちにとってフォズはもはやただのエルフの少女ではなく、鮮やかにそして冷淡に、三匹のハーピィを屠った狩人だったのだ。


「おそらく――」


 フォズがやっと言葉を発すると、皆が息を飲んでその続きを待った。


「恐らくですが、ハーピィは住処を追われてしまったのだと思います。ハーピィはずるがしこい、もっと言えば卑怯な生き物なんです。自分の外敵のいない場所にしか巣を張らず、そこから出ることはまずないんです」


「じゃあ俺たちを襲ったハーピィって……」


「きっと、巣を襲われた直後だったんでしょう。だから山の周りを大量に飛び交っていたんです。ダリルマイさんが襲われたのはきっと逃げ出したハーピィです」


 ハーピィはきっとまだ、その山に潜んでいるのだろう。外敵のいない場所にしか巣を張らないとはいえ、外敵が現れたからそう簡単に放棄出来るわけでもない。

 きっとその外敵から隠れるようにして潜んでいるのだ。しかしそれでは十分に狩りを行えるはずがない。その結果が先程の――家畜の急襲か。


「ということは、そのハーピィを何とかしなければ、わたしたちはまた襲われる可能性があるということですか?」


 ゲヌが目元の皺を険しくして訊ねた。「はい」。フォズは当然頷いた。その言葉に他のトロルたちはハッとして、そしてどよめきが生まれる。


 改まってゲヌが言った。「アーフェンのフォズオランさんさん」


「……はい、なんでしょうゲヌさん」


「どうすればいいのか……あなたはその方法に心当たりがあるのでしょうか?」


「はい。……実践経験はありません、あくまで知識としてですけど……」


「……恥を忍んでお願い致します。たまたま寄っただけの異種族の方に……あまりにも厚顔無恥な頼みをします。この村を、ここの村人を、救ってはくれないでしょうか?」


 ゲヌはその場に膝を突いて、フォズの顔を見上げる。

 トロルたちはゲヌのその態度に驚いた様子を見せたが――それを止めることはなく、ゲヌにならって膝を突き、懇願するようにフォズを見た。


「……」


 彼らの気持ちが分かるから、頭を上げろなどと野暮なことは言わなかった。


 フォズが返事を返すまでやや間があったが、それは彼らの真摯な態度に息を飲んでしまったからであって、その答えは考えるまでもなく決まっていた。


「もちろんです。一度村の方に戻って話し会いましょう」

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