第十二話 怪物
ニルヤナを初めとした村人のほとんどは、畑や家畜の世話に行ってしまった。フォズは村の中央辺りにある少し開けた場所まで出て、そこで足を止めて考え込んでしまった。
この村にやって来てないということはそもそもが違うのか――カフェトランは村を出てから、フォズと全く違う方角へと進路を取ったのか――ならば一度アーフェン村まで引き返した方がいいのではないか――。
「……あんまり、難しく考えない方がいいと思うよ」
少し離れたところでフォズの様子を窺っていたボルミンが、遠慮がちに
話しかけてきた。
「“鉄の斧が欲しければまずは石斧を持つべきだ”――トロルにはこういう言葉があるんだけど」
「はい、……?」
「これはつまり、いつか鉄斧を手にした時のために今は石斧で扱いに慣れておけってことで……」
「はい……」
「……あ、いや、これじゃちょっと意味が違うか。えっとー……ちょっと待ってね……」
「……ボルミンさん、もしかして慰めようとしてくれてます?」
図星だったようだった。ボルミンは赤くなった顔を露骨に背けて、「何か上手いことを言おうとしたけど全然いい言葉が思いつかなくて……」とまごまごした。
「……ごめん、慰めることもできなくて。忘れてくれると……嬉しい」
「いえ……、元気付けられましたよ」
「……本当に? お世辞じゃなく」
「はい、本当ですよ。少し元気になりました」
フォズは表情を緩めて、ボルミンに笑って見せた。もちろんそれは作った表情ではない。
「……ちょっと弱気になってました。覚悟をして旅に出たつもりでも、どこか甘く考えてました。意外と簡単に会えるんじゃないかと思ってました。でも……もう大丈夫です」
「それなら良かった……」ボルミンも安心したように笑った。「でも、さっきのおれのは忘れてくれると嬉しいな……」
その言葉にフォズは笑顔を返しただけで、はいもいいえも言わなかった。
「考えておきます」
そう言って、ふふ、悪戯っぽく笑った――と、その時だった。音が聞こえた。
きい、きい、きい。金属を擦り合わせた時のように頭に響く、そして鳥の声のようにけたたましい音だった。
嫌な音だった。そして不自然な音だった。
自然の中では決して耳にすることは無い、世界と調和の取れていない異音。
「……今の音、何ですか?」
「え? 音?」
ボルミンはきょとんとして言った。……気のせい? いや違う、確かに聞こえた。
フォズはその音源を求めて辺りに視線を巡らせた。当りの家屋――麦畑――農場――それを見つけたのは空だった。遠く、村のずっと向こうの空に、何かが三つ飛んでいた。鳥……のように見えるが、ただの鳥にしては大きすぎるし、シルエットもおかしかった。
農作業に取り組んでいたトロルたちも、やがてその飛来物に気が付いて手を止めた。数秒程その飛来物に視線を奪われていたトロルたちだが、唐突にトロルの一人が村の方へ向かって走り出した。それを皮切りに他の者たちも一目散に走り出す。
「鳥人間だ!」
誰かが叫ぶ。鳥人間――フォズはその“鳥人間”に向けて目を凝らした。その頃には、かろうじてだがその全容が見えるようになっていた。
一見すると鷲や鷹よりも一回り程大きな鳥に見えるが――決定的に、そして致命的に鳥とは異なる部分がある。顔、それと手脚だ。醜い女性のように見える顔に、羽根とは別に人間の手と脚を持つ怪物だったのだ――それは、ハーピィとして知られている怪物だった。
フォズはその醜悪な顔を認めると、ほとんど反射的に走り出していた。ハーピィを見失わないようにしっかり見据えながら、背嚢に括りつけていた弓を取り外す。
「ちょ――ちょっと、フォズ、どうするの!?」
「ボルミンさん!?」
驚いて後ろを見るとボルミンが追いかけて来ていた。性別と身体の差だろうか、ボルミンはすぐにフォズに追い付いた。
「ボルミンさん、危ないです! 引き返してください!」
「危ないって、フォズだって危ないだろ!」
「私は大丈夫です!」
「だから――」
そうこう言い合っている内に二人は農場まで辿りついてしまった。
三匹のハーピィの目的は家畜の牛たちらしく、農場の上で高度を下げて、品定めをするように死んだ魚のような目をぎょろつかせていた。
牛はばうばうと吠えて威嚇をするが、ハーピィたちは全く気に留めた様子はなく、やがて一際太った一匹に向かって降下し始める。
しかし――ぐえ。ハーピィの一匹が、そんな情けない声をもらしたかと思うと、何かに弾かれたかのように軌道が横向きにずれ、そしてそのまま地面に落下していった。
勝手に墜ちた訳では、もちろんない。そのハーピィの首から上あごに向けて矢が突き刺さっていた。
「――フォズ!」
「……森エルフにとっては、これくらい朝飯前です」
フォズは次の矢を構え、まだ状況の理解できていないハーピィを睨む。
「木々が乱立してる場所で、もっと小さい鳥を狙うんです。こんな開けた場所であんなに大きな的、……絶対に外さない」
二射目。こちらは首のやや下に命中。先と同じように落下して、矢を引き抜こうとばたばたもがいていたが、段々とその動きが緩慢になり、やがて止まった。
三匹目は自分たちを射ぬいているフォズの姿をいよいよ捕えたようだった。
きえええええええ、そんな奇声を上げながらフォズに向けて飛び掛かってくる。しかしその醜悪な顔も、血色の悪い白い手足も、もう的としてしか認識していなかった。
とん、という音が聞こえ。
フォズの視線の先で、脳天を貫かれたハーピィが僅かに血を溢れさせながら息絶えた。
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