第十一話 消息は

 乳搾りを終えて村に着いたころには、もう昼時は過ぎていた。


 シュダ村のフォズ達がやって来た方から見て奥の方に、麦畑と牧場が広がっていた。平原の土地の広さを活用した広大な農場だった。それに対して村自体はかなり小さく、農場の半分程度の面積しかない。村民の数も、フォズのアーフェン村と大して変わらないだろう。

 おそらく昼休憩中だったのだろう、農場の方に人はまばらにしかおらず、屋内から人の気配が感じられた。


 と、丁度その時、村の入り口の近くにあった民家の一つから男が出てきた。若い、筋肉質な身体をした男だった。彼はこちらに気が付くと、「おお、ボルミン!」と手を大きく振り上げた。


「ああ、ニルヤナ。久しぶり……ってほどでもないか」


「どうしたんだお前。今回は随分来るのが早かったじゃないか」


 ニルヤナと呼ばれた青年トロルはこちらに駆け寄ってくると、口を大きく開けて笑った。「俺としてはもっと頻繁に来てくれると嬉しいんだがな。ずっといてもいいんだぜ」。「そういう訳にはいかないよ、おれにはあいつらの世話が……」。「分かってるって、本気に取るなよ!」。


 どうやら彼はボルミンの友人らしかった。彼は上裸だったがそこに岩石の皮膚は窺えなかった。しかしズボンだけが不自然にゆったりとしていることから、下半身に岩石が発現しているであろうことは想像がついた。


「それで、そちらの方は?」


 ボルミンと一通りやり取りを交わしたニルヤナが、フォズの方に顔を向けた。そして「おっ!?」と眉をあげた。「あんた、エルフか」


「はい、そうです。アーフェンのフォズです」


 アーフェン、と村の名前を聞いて、ニルヤナが怪訝に眉をひそめた。


「交易はまだ先のはずだが……それに、若い女が一人? 村に何かあったのか?」


「いえ、私はアーフェン村から来ただけで村は関係ありません。あくまで個人的な用件で、旅の途中に立ち寄らせていただきました」


「ふうん……」ニルヤナから怪訝な表情は消えていなかったが、とりあえず話を先に進めることにした様だ。「その用ってのは?」


 フォズはボルミンにもそうしたようにカフェトランの細かい事情は避けて、姉が村を出てしまったこと、そして彼女を探していることだけを伝えた。


「はあ、なるほどね……」


「おれもフォズからその事情を聞いて、村のやつらなら何か知ってるだろうと思って案内して来たんだ」


「あんたの姉ちゃんが村を出たのはどれくらい前だ?」


「丁度四年くらい前です」


「四年か……結構前だな」


 ニルヤナは顎を撫でながら思案するように空に視線を向けた。


「悪いが、俺は心当たりないな。ただ、村長ならこの村に来たことがあるなら絶対に知ってる筈だぜ。案内してやるよ」


「ありがとうございます。お願いします」


 フォズはニルヤナの言葉に甘えることにした。

 三人で村の中を歩きはじめると、フォズの存在に気が付いた村人たちが次々と家屋から出てきた。「エルフだ」。「一人?」。「交易はまだのはずだぞ」。先程ニルヤナが言っていたのと同じようなことを言っていた。


「ああ、いいよいいよ、事情は後で俺から伝えておくから、無視しちゃって」


「は、はい……」


 ただ、フォズは何となく居心地の悪さを感じて、彼らを視界に入れないように俯きながらニルヤナの背中を追った。


「ここだ」


 そう言われて顔を上げる。年季の入った、こじんまりとした家だった。

 村長と言えば大きくて豪華な家を構えているイメージだったけれど――と考えたと事でエトバルの家を思い出す。エトバルは村長ではないけれど、彼もともすればに見えるような家に住んでいた。これが普通なのか?


 ニルヤナはドアを乱暴に叩き、「村長、入るぞ!」とぶっきらぼうに言うと、返事を待たずとして扉を開けて中に入って行った。「二人も入って!」。


 フォズは彼のその態度に面食らってしまったが、ボルミンは苦笑を浮かべて「やれやれ」といった風に肩をすくめていた。またか、といった態度だった。


「失礼します」


 ボルミンはニルヤナと打って変わってしっかりと挨拶の言葉を口にしてから、「入っていいよ」とフォズに促した。フォズもしっかりと頭を下げてから、恐る恐る中に足を踏み入れた。


「初めまして、アーフェンのフォズオランです。交易でお世話になっております。……」


 家の中は、フォズの家とほとんど変わりはなかった。

 質素と言えば聞こえはいいが、つまり物がほとんどない。


 その中央に構えられたイスとテーブル、そこに髭を蓄えたかなり大柄なトロルがどっしりと腰を下ろしていた。あまり老けている様には見えない、初老といった風貌だ。


「シュダ村の村長をしております、ゲヌと申します」


 彼はよく響く低音でそう名乗った。


「こちらこそお世話になっております、フォズオランさん。毎度毎度ありがとうございます」


「いえいえ……」


 交易にはほとんど関わっていないフォズには、そう答えるのが精いっぱいだった。


「たった今ニルヤナから聞きました。何でも、お姉さんを探していらっしゃるとか……」


「はい。四年ほど前に村を出まして……もしかしたらこの村に訪れているのでは、と思ったのですが…………」


 しかし、ゲヌはわずかに目を伏せて首を振った。


「申し訳ありません。アーフェン村から交易関係以外でエルフがやって来たという記憶はございません」


「……そうですか」


 ほおっと、フォズは息を吐いた。長い旅になるとは思っていた。まさかそう簡単に足取りが掴めるだなんて考えてもいなかった。だからこの村にやって来ることを決めた際は駄目でもともとのつもりだったのだ。


 しかし今改めてその事実を聞くと、身体の芯とか張りつめた気力とかがしぼんでいくような感覚があった――つまり、相当にがっかりしてしまった。

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