第63話 幕間・海賊王と七勇者

 この数日間で、海賊王国に所属する船が五隻も戻らなくなった。

 これは由々しき事態である。

 王国にとって、船の数とは力そのもの。

 船が減じることは、海賊王国の力が減じることなのだ。


 そこは、群島の中でも一際大きなマーダー島にある海賊王国の本拠地。

 島全体に無骨な木造の砦が乱立しており、それらが吊橋でつながっている。

 吊橋が最後に行き着く場所は、島の山陰に作られた巨大な建造物だった。


 海賊王国の城、サーペント城だ。

 城の奥深くで、赤い髪の巨漢が宝箱を改造した玉座の上に腰掛けていた。


「どう見るよ。五隻。これだけ帰ってこねえということは、都市国家の連中が傭兵でも雇ったか?」


「オルカの奴がまだ生きてるんじゃ? 勇者連中、オルカが死んだかどうか確認してないらしいじゃないですか」


 集まるのは、海賊王国の重鎮たち。

 スキンヘッド、隻眼、髭面、手首から鈎フックの生えた者……。

 海賊の見本市である。


「そうかよ。まあ、オルカが簡単に死ぬわけはねえよな。あいつはこのシン・コイーワ様が直々に殺してやる予定だからよ」


 赤毛の巨漢が笑う。


「そう、メイオー様にも誓ったんでなあ。ちびのシーマが死にやがった今、あのお方を復活させられるのは俺しかいねえ」


「シン・コイーワ様。本当にその人が復活すりゃ、俺らはいい目を見られるんですよね?」


「当たり前だ。望むものをみんな手に入れられるぞ。あのお方は戦いその物を司っておられるからな。俺たちが得意な略奪なんざ、戦いそのものさ」


「楽しみですなあ」


 しみじみと海賊たちが呟く。


「ところでシン・コイーワ様。勇者どもがまたどこかに行くとか言ってるようですが。あのカイヒーンとか言う生意気なガキだけが残るとか」


「好きにさせてやれ。ありゃ、シーマの忘れ形見みたいなもんだ。あのちびは生意気で仕方なかったが、死んだとなると寂しいもんだ。なんだかんだ、この十年間連絡を取り合って仕事をしてきたからな」


 シン・コイーワが遠い目をする。


「しかし……あのイツカとかいうあいつ。あれはどうも、油断できねえ奴だ。異世界から呼ばれた俺たちの手駒に過ぎないはずだが、どういうわけか遺跡に潜むアレと渡りをつけたらしい。人を怪物に変える力なんぞ、メイオー様と六欲天しか持ってねえはずだぞ」


「ははあ、だからあのガキは化け物になりやがったんですね。情けない話ですが、俺ぁあのガキが怖くてですね。メンツとかしがらみとか無視しやがるから、何をしでかすか分かんねえ」


「ありゃあ、六欲天のなりかけみたいなもんだ。そう難しく考えるな」


 海賊王は笑った。


「都市国家が雇った傭兵でも、あるいはオルカが生きていたとしても、そいつにぶつけてやればいい。南でシーマが起こした戦争で、誰かを恨むようになったらしいからな。そこを焚き付けてやれ。俺らの手を汚さずに敵を減らせる駒になる」


「なーるほど。シン・コイーワ様は賢いや」


 げらげらと海賊たちが笑った。

 そして表向きは豪快に笑い声を上げながら、シン・コイーワは考えていた。


(イツカは危険だな。今はまだ弱いが、遺跡を回ってアレに何度も触れられたらコトだ。メイオー様復活の前に、アレが戻ってきたらそれどころじゃなくなるからな。王国のアイツに連絡をしておくか。虫は好かねえが。勇者どもの中に、シーマの人形がいたから、そいつに使い魔でもくれてやるとしよう)


 見た目通りの粗暴さではない、シン・コイーワの思考。

 用心深く、先々まで計略を張り巡らせておく用意周到さ。

 これが海賊王国を十年もの間永らえさせてきたのである。


 だから、彼らは今の繁栄が、まだまだ続くと信じていた。

 目障りだった海賊オルカも船を失い行方不明。

 帝国と王国は戦争を行い、国力を疲弊させていてこちらに軍隊を送ってくる余裕もない。

 それに、大国二つには、シン・コイーワの仲間が潜み、常に戦いを煽っているのだ。

 そのうちの一人は死んだが。


(不安要素があるとすりゃ……。誰がシーマを殺したか、だな。ただの人間が俺たち、メイオー様の分身を殺せるわけがねえ。ならば間違いなく、生まれているはずだ)


 シン・コイーワは立ち上がり、砦のベランダへと出る。

 腕組みをして、大海原を見つめた。


(コールを継ぐ、本物の英雄がな。そいつが今どこにいるのかは知らんが、見つけ次第潰しておかねえとな……!)


 神ならぬシン・コイーワには、まさか都市国家についた足でそのまま速攻でこちらに攻めてくるオクタマ戦団のことなど、予想もできないのだった。

 オクノが都市国家に到着してから、三日目のことである。







「見えてきたなあ、群島」


 俺は舳先に立って、水平線にわらわらと浮かぶ島々を眺めていた。


「は、離さないでくださいよオクノさん」


 俺の腕の中で、ガクガク震えながらカリナが言う。

 彼女はとても目がいいので、ここから遠見をしてもらっているのだ。

 本当は見張り台からしてもらうのがいいのだけど、船の上で、しかも高いところというのはカリナにとって猛烈に怖いらしい。


「上に登ったら死にますから駄目です」


 真剣な顔でそう言われたので、今のような状況になっている、

 青い顔をして真剣に遠くを見るカリナと、彼女の腰あたりを支えている俺。


 ……船の舳先で、女子を支えて二人で立ってる?

 なんか昔の映画でそういうシーンなかった?


「タイタ◯ック」


 日向がぼそりと呟いた。


「あー!! あー! それ! まさにそれだ!」


「いいなあ。私もタイタ◯ックごっこしたいなあ」


「日向、これは遊びじゃないのだ……」


「そうです! わたしの命をかけた仕事なんです! むしろ海に落ちたら溶けて死にます!」


 本当に海が苦手なのな、カリナ。

 マリーナスタンスで海上に立てる状況を作っておかないと、水上戦でカリナは戦えないかも知れん。

 つまり、船と戦うためには海に降りなければいけないわけだな。


 まあ、今のところはその心配は無いが。


「横から海賊せーん!!」


 見張り台からルリアの声が響く。


「横ってどっちだよ! 右舷とか左舷とかちゃんと言えよお嬢ちゃん!」


 オルカが怒鳴る。


「えっと、右、みぎー!!」


「よっしゃ!」


「うむ」


「わん!」


 イクサとオルカとフタマタが右舷に走っていく。

 そして、海賊船が近づいてきたところに……。


「集中射撃!」


「飛翔斬!」


「わんわん!(ヘルファイア)」


『集中飛翔わんわん』


 ヘルファイアじゃないのかよ!!


 不思議な技名が浮かび上がり、放たれた攻撃が海賊船の前側を粉砕する。

 海賊たちが一斉に、「ウグワーッ」と悲鳴を上げた。

 わはは、こっちの反応速度は早いぞ。

 問答無用で近づく船は撃滅していくのだ。


「次! 左舷ー!!」


「よしきた! 曲射!!」


「今度はお姉さんも頑張っちゃう。ウォーターガン!」


「闇の炎!」


『曲ーターの炎』


 曲ーター!?


 我らが船、ホリデー号を挟み撃ちにしようとした海賊船を、一瞬で両方とも倒した。

 三連携くらいでも、木造の中型の船は無力化できるな。

 海賊船は大体、丘巨人よりちょっと強いくらいだ。

 なんかモンスター扱いで倒せる。


「よっしゃ、ばりばり進もう。オルカ、風を吹かせてくれ」


「おうよ! コールウインド!」


 風の呪法が、追い風を呼ぶ。

 オルカがいれば、俺たちはいつでも高速で海の上を旅できるのだ。

 こりゃあいいや。


 軽快に海原を突っ走り、俺たちは群島に潜む海賊王国目掛けて突撃するのだ。




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