第56話 俺、船に乗り込む
話はすぐについた。
イーサワが持っている商人株が信頼されたのだ。
「商人株を持った人の紹介ならば……」
ということで、晴れて俺たちは船の護衛という仕事を得た。
船の名は『荒々しき昆布号』。
一瞬耳を疑ったね。
「昆布……?」
「暗礁海域の大昆布は、荒ぶると船の舵を絡め取り座礁させるんだよ。船乗りたちはみんな、昆布に畏敬の念を抱いているのさ」
「ほー」
通りかかった船乗りから説明を受けて納得した。
だが、昆布号かあ。
恐ろしい敵の名前を付けて、災いを回避する、みたいな験担ぎの意味があるっぽいな。
見た目は大型の帆船。
たくさんの荷物が積み込まれていっている。
これを使って、各都市国家を回って交易を行うんだそうだ。
「船だー!」
ルリアがバタバタと走っていく。
普通の村娘だった彼女には、船は新鮮っぽい。
「うおー! でっけー!」
彼女の反応に、船乗りたちも思わず笑顔になっているな。
なんか沈んだ雰囲気だったのが、ちょっと明るくなっている。
「ルリアはムードメーカーだなあ」
「そお? あたしはいつもどおりだよー。オクノくん、先に乗っちゃっていい?」
「いいよ。船の人に迷惑をかけないようにな」
口に出してから、ハッとする俺。
俺がまさか、こんなまともな保護者みたいなことを言うとは……!
この世界に来てから色々苦労して、俺も人間ができてきたのかもしれないなあ。
「わふん?」
「どうしたフタマタ」
オルトロスが俺の太ももを鼻先でつついている。
「わふーん」
「ほうほう、ルリアが一人で行くと、何かやらかさないか心配って顔をしてるな」
「わん」
「おお、フタマタが行って、頼りない妹分を見ててやると。たのむ!」
「わんわん!」
ルリアの後を追い、フタマタが船の中に飛び乗っていった。
船乗りたちから悲鳴が上がる。
でかい二つ首の犬が飛び込んできたら、そりゃあびっくりするよなあ。
「フタマター! 君も我慢できなかったの? 船って興奮するよねー!」
「わんわん!!」
ルリアが早速フタマタをモフり始めたようだ。
お蔭で、船乗りたちもあの犬が悪い犬ではないと分かったようだな。
「オクノくんは行かないの? お姉さん、エスコートしてほしいな」
おっと!!
背中に柔らかいものがくっついてきたぞ!!
「ハハハ、そう言われると弱いなあ。アミラは船初めて?」
「うん。フロンティアは陸路で行けるもの。キョーダリアスの人間は、大半が船に乗らないまま一生を暮らすと思うわ。特に丘の民の遊牧民にとって、船は理解できないものかもね」
「そうなのかー」
「ほら、オクノくん、片手が空いてるならそこで震えてる子を引っ張ってあげて」
震えている子とな?
横を見たら、立ったままガクガク震えているカリナがいた。
「どうしたどうした」
「ふ、ふ、船は初めてなんです。こんなものが海という広い水の上に浮いているなんて……。沈んだらどうするんですか。わたしは泳げません。ステップには足がつかない川なんかないですから」
「ははあ。なるほど。それは杞憂というやつだな」
「キユウ?」
とりあえず、カリナの手を握ったら、震えが止まった。
「なんか本で読んだんだけど、俺の世界の外国の人でさ。空が落ちてくるんじゃないかって心配してた人の話」
「へえ……って、待ってください、それってつまり! わたしがありもしないことを心配してる、みたいじゃないですかあ!」
カリナが口を尖らせて抗議してきた。
「わはは、ごめんごめん。でも、船が沈められるのは何かとんでもないことがあった時だろ? 沿岸の近くを航海するだけっぽいから今回は結構安全だと思うし、海賊の襲撃があれば返り討ちにすればいいじゃないか」
「言われてみればそうですね……。結構対処できそうなものばかりでした」
ホッとするカリナ。
「海賊だって、甘く見ていいものじゃないとは思うんだけどね、普通」
苦笑するアミラ。
ちなみにこんな俺たちの会話を聞いて、船乗りたちは半信半疑という顔をしている。
「こんな若い奴らばかりなのに、海賊とやりあえるのかよ?」
「腕っぷしに自身があったガメスのやつだって、海賊と勇者とやらにやられちまっただろ」
何人も、船乗りがやられているらしい。
だが、その状況をどうにかするために俺たちが雇われたのだ。
信頼してほしいものだ。
「海賊と勇者は悪だ。それを斬るために俺たちが雇われた」
おっ!
イクサが断言した。
「おっ、おう。だが剣士の兄ちゃんよ。海賊船は離れてるんだぜ。あんたがどれだけ凄腕の剣士だろうがそいつが届かないことには──」
「飛翔斬!」
イクサが斬撃を飛ばした。
それが遠く離れた海面を断ち切る。
水面が激しく跳ね上がった。
「うおーっ!?」
船乗りたちがどよめく。
「なんだ、ありゃあ……」
「斬撃を飛ばした。俺の剣は弓矢と同じだ。どこまでも届く」
イクサは嘘をつくという機能がないので、これは正直な性能の申告だ。
あいつは佇まいにしろ、物言いにしろ、よく知らなければ凄腕の剣士みたいに見える。
実際に凄腕中の凄腕なんだが、見た目じゃ賢さは分からないからな。
その間に、俺はカリナとアミラを連れて船に乗り込んだ。
渡り板を踏むと、ギシギシ音がする。
カリナが息を呑んだ。
「大丈夫大丈夫。この上を通って大荷物だって運ばれるんだから」
「そ、そうですよね。大丈夫……大丈夫……」
というわけで、船の中に到着。
後から、日向がトコトコとやって来た。
「帆船は私も初めてだなあ……。凄いねえ」
「日向は船は?」
「海外旅行行った時、クルーズ船とか乗ってるよ?」
金持ちめっ。
最後にラムハとイーサワが乗り込む。
二人とも慣れたものだ。
「オクノ。私とイーサワで、船の装備とかを見てくるわね。と言っても大したものは無いだろうけど」
「皆さんは持ってるもので戦うでしょう? ただ、船の装備関係は船乗りたちの士気にも関係しますからね」
「ありがとう。そういう明らかに面倒くさいのをやってくれるだけで助かるわー」
本当にイーサワを仲間にしてよかった。
事務関係とかやれる気しないもん。
でも、絶対これから重要になってくる仕事だし。
「あっ、オクノくんも来たー! ずるーい! カリナと手つないでるー!! アミラも離れてー!」
「本当にルリアったら元気ねえ……」
大体常に元気だよな。
あっ!
こいつ、武器が近接の槍オンリーじゃないか。
ルリアを活躍させるには……遠距離戦とはいかないなあ。
俺ら、多分海賊船に接舷された方が強いぞ。
「オクノさん、海を見つめながら難しい顔をしています……。何か考え事があるんでしょうか」
「多摩川くん、絶対ろくなこと考えてないと思う……」
うるさいぞ日向。
俺は今、この船で海賊船に乗り付けて一方的に制圧する戦法を考えているのだ。
船が足りなくなってきているっぽいなら、海賊船を接収すればいいよな。
うん、我ながらいいアイディアだ!
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