第18話 傷痕

 朝目覚めると、美緒の隣には大智がすやすやと眠っている。

子供のような寝顔を幸せそうに眺める美緒。

そっと大智の頬を指でなぞる。

ゆっくりと目を覚ます大智。


「おはよ。美緒。」


「おはよ。大智。」


美緒は大智に抱きつく。

そして大智の顔を見上げる。

しかし大智の顔は黒い影のようなもので覆われて見えない。

慌てて突き放す美緒。


「わーっ!!!」


ベッドから飛び起きる美緒。

辺りは真っ暗で、少し冷静になり携帯を見る。

時刻は深夜2時20分。


「夢…。」


ため息をつき、再び布団の中へ入った。



 美緒はランチが終わった店の、後片付けをしていた。

すると厨房から翔が歩み寄ってきた。


「美緒ちゃん!どうした?今日元気ないんじゃない?」


美緒はテーブルを拭きながら答えた。


「そうですか?私はいつも通り…」


「俺で良かったら、何でも聞くよ?」


美緒の言葉をさえぎって翔が話してきた。


背を向けていた美緒は振り返り、翔の方を見た。


「別れも告げられないまま、2年も連絡が無い人を待つのって、おかしいですかね。」


美緒は少しうつむきながら話した。


「彼氏のこと?」


美緒がうなずく。


「それは…美緒ちゃんの為になるの?」


翔は美緒に投げかけた。

美緒はうつむいたまま黙り込む。

すると翔は続けた。


「待ち続けても帰ってくる保証はない。だったら待ってるだけ無駄じゃない?」


無駄…か。

この2年間、全てを否定された気がした。

いつか戻ってきてくれることを信じて、

待っていた自分が馬鹿らしい。

そう思うとどこか吹っ切れた。



美緒は顔をあげ、翔を見つめた。


「そうですよね。私、今まで何してたんだろう。」


翔は明らかに様子が変わった美緒をみて、少し戸惑った。


「…今日はもう上がりな!ゆっくり休んで!」


そういうと厨房へと戻っていった。

美緒はどこかうつろな目をして立っていた。



 店を出ると秋が待っていた。


「秋ちゃん?どうしてここに」


「美緒が終わるの待ってた!ちょっと付き合ってよ!」


そう言って連れてこられたのは病院だった。


「なんで病院?」


「いいから!」


そういうと、エレベーターで8階の病室へと向かった。

病室の名札には日高ひだかと書かれていた。


「お母さん!友達連れてきたよ!」


その先には、体中に医療器具が取り付けられた女性がいた。

女性からの返答は無い。


秋はベッドの横に置かれた椅子に座ると、女性の手を握り締め話始めた。


「私のお母さん。寝たきりなの。」


「え?」


「2年前、事故に遭ってさ…。」


淡々と話す秋だが、美緒にはその辛さが痛いほど伝わってきた。


「私もね、そのとき一緒にいたんだ。」


そういうと、いていたスカートを太ももの辺りまでまくり上げる。

秋の右足には、痛々しい傷跡が残っていた。


美緒は思わず目を背けた。

秋はその様子を見るなりスカートを戻した。


「消えないんだって、傷痕。…でもね。私は今こうやって生きている。美緒と一緒にいられる。」


「秋ちゃん…。」


「私ね、初めてなの。こんなに親しい友達ができたの。…だから、お母さんに見てほしくって。」


「……そっか。」


「お母さーん。出来たよ。私にも。大切な友達が。」


秋の目には涙が浮かんでいた。 



『人は皆、私が知らないだけでそれぞれ何かを抱えて生きている。

私の悩みなんて、ちっぽけで…

そう思うと余計に、振り回されている自分に、

大智に腹が立ってしまうんだ。』


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