(5)

 談笑しながら歩く三人の後を、気後れしたようについていく。

「穂高、どうしたの?」

「い、いや……」

「藤林先生と懇ろになれて、よかったでちゅねー」

 煽ってくる千緒。いらだちで唇を噛んだ。


「ふーん……」

 奏がジト目になる。

「か、奏……」

「なぁに?」

 好きだ、と言いたいが、二人の手前、


「きょ、今日はがんばろう……」

「なにを?」

 なにを、なのか、それは穂高にもわからなかった。


「遊びを……さ、ハハ……」

「はい、がんばりましょう」

 結実のフォローに心で泣いた。


 スポーツ館に入ると、一階の受付代わりの電子パネルを開いて、空いているフロアとスペースを確認する。

「二階でいいよね?」

「うん」

「当たり前でしょ、遊びに来たんだから」

 一階は水泳場にジム施設があり、武道館にも連絡している。二階はレクリエーションフロアとなっており、エンターテイメント系の設備が整っており、ダーツやビリヤード、音楽設備を応用すればカラオケなどもできる。一方で、三階は球技用の施設が数多く存在する。テニス部も利用することがあるらしい。

 確保した二階の一スペース、そこのソファに腰を降ろした。


「さて、なんにしますか?」

「ダーツ! 前からやってみたかったの」

 返事も待たずに千緒が準備に取り掛かる。ゲームセンターなどにあるデジタルダーツマシンだろう。

「……杉岡、変な投げ方して肩悪くするなよ」

「はい、はーい」

 聞いているとは思えない。

「わぁ、穂高ってやさしい」

 今度は奏に煽られる。やはりちょっと怒っているのかもしれない。


「い、いや、今週試合なんだから一応忠告しただけで……」

 さっきの千緒とのじゃれ合いを思い出して、変な気分になってきた。

 なんだよこれ……。また色ボケが再発したのか。


「私、みんなの飲みもの取ってきますね。山家さん、なににします?」

 結実が立ち上がった。

「ああ、ありがとう、ウーロン茶で」

「はい」

「ありがとう、結実」

 奏たちのは聞かなかった。聞くまでもないのだろう。


 ダーツに夢中になっている千緒をちらりと見る。

 なんだってあいつは俺に……。

「ねえ」

「は、はい」奏がいつの間にか隣に座っていた。

「……藤林先生となに話してたの?」

「ちょ、ちょっと……俺はほんとになにも……」

 つくづく千緒が恨めしい。


「知りたいなぁ」演技めいた声音。

「大したことじゃないって……」

 嘘はつけないが本当のことも言いづらい。

「ふーん、まあいいけど」

 本気で悲しくなってきた。

「奏……あ……」

 そのわずかな一瞬、頬にヒヤッとする感触が走った、と同時に彼女の小さな唇がそこから離れていった。


「奏ー、一緒にやろー」

「うん」

 彼女の黒髪が翻ると、立ち上がって行ってしまった。さりげなく辺りの様子を窺うも、誰かに見られた気配はない。

 ぼんやり頬に手をあてた。


 二時間は遊んだだろうか、他の遊具も試すつもりでいたが結局ほとんどの時間をダーツに費やしてしまった。

「ハァ、遊んだ、遊んだ」

 千緒がソファに寝っ転がる。

「結構体力使うね、これ」

 そう話す奏に目を向ける。彼女に動揺は見られないが、こちらは先ほどの接触を思い返して、顔が少し熱くなってきた。

「たまにはこういうのもいいね」と結実。

「そうだね……」

 スコアで二位、意外にも負けた相手は千緒。


 少し、腕に力を入れ過ぎた……。もっと流れるように投げるには……。

 視線を感じて顔を上げると、ソファでふんぞり返っている千緒がニンマリ。

「ちょっと、トイレ行ってくる……」

 素直に悔しかった。


 手を洗い、顔も洗う。夏休み中から寮にあるジムで簡単なトレーニングをしていたが、少し朝が楽になった程度である。

 もう少し、運動量を増やした方がいいな。寮長たちがやってる朝のマラソン、俺も見習ってみるか。

 少し疲労感のある腕を回した。


 トイレを出て戻ってみると、

「……!」

 緊張が背筋を冷やす。

「あら、こんにちは山家くん」

「こ、こんにちは、辻端、さん……」

 辻端奈都美が奏たちとなにか話していた。

「今日は三崎さんたちと遊んでたの?」

「ええ……」相変わらず、直視されると居すくまりそうになる。

「へっへー、あたしが勝っちゃいました」

 あまりない胸を張る千緒。


「ハハ……」

「そう、楽しそうでよかったわ。ちょっと心配だったから」

 先週の奏の狼狽ぶりのことを言っているのだろう。


「あなたのクラブの人たちは来てないのかしら?」

「ええ……ちょっとありまして……。辻端さんも息抜きですか?」

「違うわ、垣本く……キャプテンが上で自主練やっててね、その手伝いみたいなもんよ。一人でやらせとくと、ほんとに限界倒れる寸前までやる人だから……」

「……真面目なんですね垣本さんは。あの、この間はありがとうございました……」

 丁寧に頭を下げると奏も続いた。


「いいのよ、あなたたちのこと好きだから……」

 眼鏡を手に持つと、ごく自然にそう言ってくれた。そこで奏が、

「奈都美先輩、明日から朝練ですよね?」

「ええ、今週だけね。藤林先生に頼んでようやく認可を通してもらったばかりよ。相変わらずここの管理人を説得するのは手間だわ」

 朝練か、今週は奏と一緒に通学できなくなるかも……。


「急な試合が入ったってことで納得してもらえたけど。ほんとに急よ、それも三校戦にしたいから、こっちから来いだなんて……」

「もう、勝手ですよね。あの人たち」

 千緒がまたしてもぷんすか膨れる。

「でもちょっとした旅行ですよね、私、大阪なら少し案内できますけど」

 結実が楽しそうに話す。

 そういえば、香月さんの実家は神戸だったな。


「そうしてもらいたいところだけど、スケジュール的には観光してる暇なんてあまりなさそう。初日は午後からで、日曜の午前中も試合。その後、十八時まで知瀬に戻らないといけないから……。ほとんど弾丸ツアーよ、これじゃ。でも、まあ、食事の方は楽しめそうね」

「あたし、お好み焼きのお店行きたーい」

 楽し気に予定を話すテニス部の面々、穂高は、やや所在なさげにテーブルの上のドリンクを口に運んだ。


「そういえば、あなた……」

「ヴ……! はい」

 いきなり奈都美に話しかけられ、思わずむせた。

「いい男らしいわね。キャプテンがそう言っていたわ」

「は、ハァ……」

 夏休み中に会った時、そんなことを言われた気がする。どうも彼は直球な物言いをするようである。


「はい、穂高くんはいい人です」

「アリガト、カナ……」ロボットみたいな声になった。

「ほーんと、運のいい男だよねぇ、こんな美少女たちに囲まれちゃってさ」

 千緒がぬけぬけと言うも、

「そうかもね……」素で返してしまった。

「え……?」

「あ……」馬鹿な返事をしたと思う。

「まあ、またなにかあったら言ってちょうだい。部員たちのメンタルケアも私の仕事だから」

「は、はい、ありがとうございます……!」誤魔化すように礼を言う。


「それじゃ、三人ともまた明日」

「はい」

 そういう奈都美は去っていった。

「そ、それじゃあ、俺たちもそろそろ撤収しようか」

「うん」

「はい」

 千緒は黙っていた。

 片づけを終えて、階段まで歩く。奥のフロアから合唱部の歌声がここまで届いてきた。


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