(3)

「……?」

 なにか視線を感じたような気がして穂高は顔を上げた。目に入った女生徒は黙々と作業を続けているだけで特に辺りに異常はない。眼鏡の先が見えなかったが、ただ光の加減でそうなっているのだろうと思い、読書を再開した。


 これは、三崎さんのためなのよ……。


 心中で言い訳しつつ、ズームに切り替える。

 顔は、まあ普通かな。少し色白のようね。背はおそらく170くらいかしらね。


 分析を続ける。


 機械のクラブらしいけど、結構引き締まってるわね。なにか運動してるのかしら。ワイシャツは染み、シワがない、きれい好きで几帳面……いや三崎さんがやってるのかも。


 穂高に奈都美の行いに気づく気配はない。


 中間評価としては、レベル6ってとこかしら。


 レベル10を最高としている。むろん垣本は10である。


 それにしても……三崎さん、なんでこの子がいいのかしらね。相性がいいのかな、心と体の……ハッ! 卑猥だわ!


 どすん、いきなり女生徒が床を踏んだので、穂高は顔を上げた。


 なんだ今の音?


 女生徒は相変わらず作業に没頭している。なにかミスしてついやったのだろうと思い、読書に戻った。


 私ったらもう……すぐそういう風に考える。悪い癖だわ。まあ好みなんで人それぞれだし、たで食う虫も……ハッ! イケない! 騎士ナイトに向かって言っていい言葉ではないわ!


 どすん、またしても音が鳴った。穂高は顔を上げて目を丸くする。女生徒はこちらは気にもしていないように見える。


 ど、どうしたんだろう……?


 よほど手こずる作業なのだろうか。


 この子は恩人なんだから尊重リスペクトしなければならないわ。それよりも……。


 調査を続行する。まずはクラブの確認。


 機動機関研究会? ああ、そういや六月のなんかの大会でちょっと話題になってたわね。


 事前に入手していた情報を整理する。


 男子四名、女子一名。最近はうちの三崎さんに、杉岡さんと香月さんもよく顔を出してるようね。え? それって……4ON4じゃない⁉ 一体なにをやっているの……? まさか……。 ハッ! 私ったらまた……卑猥だわ!



 どすん、再び音が鳴る。


 こ、この人、ひょっとして怒ってる……? 俺……なにか不興を買うようなこと、した……か……? 


「コワイ……」

 つい小声で口に出してしまった。


 あん? この子、今なんか言った? 食べたい? お腹空いているのかしら、食べかけのバニラデニッシュあげようかな、購買で買ったんだけど、味がしつこくて残しちゃったのよね。ハッ! それだと間接キスになってしまう! ダメよそんなの! 間接でも初めては垣本くんに……卑猥だわ!


「……だわ」

 どすん、女生徒はなにかブツブツ言い始めた。


 か、奏……はやく、来て……!


 穂高は祈った。


 そろそろ総評に入りましょう。まず……フェイス、圧倒的に垣本くんの勝ち。続いて、ハイトゥ、身長177の垣本くんの勝ち。インテリジェンス、科が違うけど学年十一位の垣本くんの勝ち。会話トーク、この子あまり喋らなそうだから垣本くんの勝ち。地位ステイタス、テニス部キャプテンの垣本くんの勝ち。運動スポーツ、当然垣本くんの勝ち、最後に愛力ラブパワー、これは……まあ互角ってことにしといてあげましょう。なんたってあの三崎さんを落としたんだしね。でも、すぐ振られるかも。そうなったらこの子、ショックなんてもんじゃないでしょうね。飛び降りるかも……うちのコートは汚さないでほしいわ。いずれにせよ、奈都美七計では垣本くんの圧倒的勝利……。わかっていたこととはいえ、残念だったわね……。


 女生徒が眼鏡を外してこちらに視線を向ける。なぜか哀れむような目だった。


 この人……絶対……なにかおかしいよ……!


 穂高は怖くて目をあわせられなくなっていた。

 逃げるに逃げられず、汗がしたたり落ちた、と同時にドアが開かれた。

「すみません、先輩、お待たせしちゃって……え?」

 ようやく救いの主が現れてくれた、ように感じられた。

「か、奏!」

「穂高、ごめん遅くなっちゃって」

「こんにちは山家さん」おっとりした声、結実も一緒だった。

「三崎さん」

 奈都美がキラリと眼鏡を輝かせると立ち上がり、奏に向き直った。

「はい」

「とても素敵なステディね。大事にしてあげて」

「ハァ……はい!」

 そう言うと奈都美は鞄を手に持ち退室した。


 すてでぃってなんだ⁉


 嵐をやり過ごしたかのような生きた心地だけが穂高の胸に残った。


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