(3)

 ったく、俺ってやつはあんないい人にむかって……。そろそろ戻ったほうがいいな。奏が心配する。


 元のテーブル席に向かって歩いた。


 そういえば、さっき杉岡には……。少し謝っとくか……。


 四人がいる場所が見えてきたところで、奏がこちらに気づき不安気な視線を向けてくる。大丈夫と手振りで知らせようとしたその時、

「あ……」

 頭に光が降り注ぐ。また、あの感覚が頭に走った。


 なんだ……これ……。


 自分の知覚が異様に鋭さを増し、思考が高速化する。視界は空気の流れすら捉えることができるようになっていた。


 なにか……なにかが来る……!


 異様なプレッシャーが徐々に近づいてくるのを全身の神経が捉える。周辺に一気に感覚を張り巡らせる。なにかを捉えて首を振った先にはボールで遊んでいる児童がいた。その子供の影が徐々に薄らいでいく。


 消える……削られていく……これは……、この感覚は死だ……。このままではあの子は死ぬ!


 そう直感した。なぜかそうすることができた。


 一体なにが起きて……、いや、どこから……! ああ!


 巨大な影がスローモーションのような速度で迫ってくる。それがなんであるか確認する間もなく穂高は地面を蹴って飛んでいた。一足飛びに児童の元に着地すると、すかさず児童を抱えて再び跳躍する。二人がたった今いた場所を黒いなにかが横切った。それはそのまままっすぐ進むと先にあった大木に轟音とともに激突した。

「ぐっ!」

 子どもを庇うように背中から地面に叩きつけられる格好となった。目を見開いて、なにかの規則的な音が鳴っている方向をみると、前面が潰れた大型のトラックが緊急アラームを鳴らしながら擱座していた。

「あ……あ……」

 息は切れていなかったが、あまりのことに声が出なくなる。腕に抱きかかえたままの児童はなにが起こったのか、よくわかっていないようでキョトンとした顔をしていた。

「すみません!」

 児童の母親と思しき女性が駆け寄ってきた。

 

 しばらく後、警察の現場検証が始まり、穂高も目撃者として呼ばれることとなった。

「すぐ戻るよ」

 泣き出しそうなほど心配な顔をしている奏にそう告げると、後ろ髪引かれる思いで、立ち入り禁止の検証スペースに向かった。

事のあらましを説明するとすぐに終わった。激突した車は市のUVであり、他にケガ人もいなかったが児童は一応病院で検査を受けることになった。穂高もその場で簡単な健康診断を受けたが特に異常はない、とされた。


 自分を待っている奏が心配でさっさと引き上げたかったが、まだ検証は続いている。焦燥しながら、シートに腰かけて両手を組んで地面を見ていると、誰かがやってきた。

「君、だいじょうぶかい?」

「だから何度もそういって……!」

 警察や救急隊員ではない。背広を着ている男性で市の担当者だという。

「原因はなんだったんです……?」

「それが、現在調査中で、なんとも……」歯切れが悪い。

「……原因は?」

「いや……だから、わからんのだよ」

 その言葉があの鮮血の記憶を想起させた。あの一生忘れられない痛みと苦しみ。


 あの時も……! あの時と同じじゃないか⁉


 立ち上がると同時に、大声で叫んだ。

「わからないってなんですか⁉ 仕組みもよくわからないものをそこら中に走らせてるんですか⁉ あんな……! あんなAI任せで、人の手を使ってやろうとしないから……!」


 あ……。


 そこで、決定的な矛盾を自覚してしまった。


 俺は……もう……。


 この街に来て、穂高も既に当たり前のようにUVを使うようになっているのだ。


 どうこう言える……立場じゃ、ない……。


 肩の力が抜けていき、顔の火照りも冷めていった。

「……ともかく気を付けてください」

 それだけ言うと、戻る旨を伝えた。これ以上聞くこともなかったようであっさり解放された。

 バリケードテープのすぐ外で、奏が唇を青白く染めているのが見え、慌てて駆け寄ると、きつく抱きしめられた。芳子たちも心配そうに様子を窺っている。

「戻ろう……」

 穂高の胸に顔を押し当てたまま、奏は頷いた。

 辺りはすっかり落ち着き、生徒たちも再び賑やかさを取り戻していたが、穂高たちはもう食事という気分ではなかった。

 奈都美に事情を説明して、帰ることにした。

 芳子たちは近くのUV乗り場を使うということで、その場で別れることとなったが、穂高に気を使ってくれたのかもしれない。去り際に、千緒の視線を感じたが、目をあわせることができなかった。

 乗ってきたUVで帰ろうとしたが、奏がそれは帰してしまい、有人車(MV)を呼んでくれた。運転手がいるということもあり、帰りの車内ではお互い口を開くことは控えた。


 マンションに着くころには西日が差しており、なにか物寂しい気分を惹起させられる。奏に手を引かれて、彼女の部屋まで戻った。

 ソファに腰かけて、先ほどの事件を思い返し、考え込みそうになったが、頭を軽く振ってこわれることにした。これ以上奏を不安な気持ちにはさせたくない。彼女の方に視線を運ぶと、ちょうど紅茶を入れてくれているところだった。

「その……ごめん、今日は。せっかくの集まりを……」

「穂高が謝ることじゃないよ。それに奈都美先輩や垣本部長もすごい誉めてた。子どもを助けたって……」

「……」


 あれは一体……。


 この前から気になっているなぞの感覚、一つの命を救ったとはいえ、気味の悪さをぬぐうことができない。わからないことだらけだが、ただ、なんとなく思い当たるのは、


 マシン展でもらったあれか……。


 どうしてもあの球形物が意識に現れる。


 一度調べて……いや、アホか……。なんであんなオブジェみたいなのが人に……。


「穂高……」

「っと、なに?」

「千緒と……なにかあったの?」

「……俺の方の問題だよ。あいつには悪いことをした……」

 間が悪かったとはいえ、あれでは八つ当たりでしかない。母から言われた言葉をまた、蔑ろにしてしまった自分への嫌悪感で歯噛みしそうだった。

「言いづらいこと……?」

「そうじゃないよ、うん、奏にはちゃんと話す」

 芳子には他言無用と言われていたが、奏相手なら彼女も許容してくれるだろう。真人のプライバシーに関わることは避けて話すことにした。

 奏が沈鬱な表情になる。

「あの……あまり気にしないで。いくら俺が、奏のことでずっと悩んでいたからって……、別に奏が気にするようなことじゃないから……」

「ありがとう……」

「……でも俺、二学期からキド研はやめるかも」

「どうして? そんなの誰も望まないよ。部長さんや芳子さんたちだって……」

「うん……。それが、かえって辛い、気がする」

「いつも考えすぎだよ……」

 奏が立ち上がると、座ったままの穂高を包むように抱きしめた。


 そうだ……。また勝手な思い込みで暴走したらそれこそみんなの迷惑だ……。


 そのまま体を倒してきた奏をそっと受け止めた。


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