どんぶり

 私は丼(どんぶり)が好きです。天丼、カツ丼、うな丼、親子丼、海鮮丼に牛丼。ご飯と具が混然一体となってお口の中でハーモニーを奏でます。至福の時がそこにあるのです。


 丼と似たものにお重があります。天重、カツ重、うな重。私の友達は皆、お重の方がオシャレとか高級感があると言いますが、そんなものは上っ面でしかありません。丼とお重は全く違うんです。


 お重の方が上品なのは認めますが、ちょぼちょぼと箸で斬って具が崩れないように口に運ぶなんて味気ないです。丼のように豪快にかっ込んだ方が美味しいに決まってます。


 それだけではありません。お重はすみっことか洗うのが大変なんです。あー、またあの面倒が待っていると思うだけで食事が不味くなります。


 今、私は彼氏とうな重を食べています。彼氏は良いところのお坊ちゃんなので丼物は一切口にしません。高身長、高所得、その上、アイドル並みのイケメン。結婚相手としては超優良物件なのですが・・・。


「幸(さち)さん。食べないのですが。ここのうな重は明治から続く秘伝のタレを使っているから絶品ですよ」


「はい。いただきます」


 確かに美味しい。だけど、ご飯が少ない。かっ込めない。庶民派の私にはストレスが溜まるんです。あー、家に帰って丼に山盛りの卵かけご飯を作ってかっ込みたい。


「幸(さち)さん。あまり箸が進んでないようですが、うなぎは苦手でしたか」


「いえ、うなぎは大好物なのですが・・・」


 目の前のうなぎを見ていると涙が出てくる。


「幸さん。僕とのデートは楽しくありませんか」


「そんなことは・・・」


 私は目を伏せます。涙が一筋零れ落ちます。優しい彼に丼で食べたいだなんて言えません。


「さっ、幸さん。僕は幸さんが好きだ。結婚して欲しい」


 いきなり彼がポケットから大粒のダイヤの指輪を取り出しました。嬉しい。だけど、目の前のお重が私の心を引き留めます。


 つまらない事かも知れませんが、お重は四角で丼は丸なのです。角は立っても丸くはおさまりません。一緒に暮らすとなったらなおさらです。


「・・・」


 返事に困る私。


「そうか、驚かせてゴメン。幸さんには他に好きな人がいるんだね」


 私に向かって爽やかな笑顔を見せてから、彼は店員を呼んだ。


「おねいさん。お勘定をお願いします。それと丼とお茶をください」


 残ったうな重を丼に入れ、お茶をかけて豪快にかっ込む彼。


「あのー、和(かず)さん。もう少しゆっくりしていきましょう。それと私にも丼とお茶を頼んでいただけませんか」


 ふふっ。うなぎのかば焼きの丼茶漬け。美味しそうです。






おしまい。

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